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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

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茶道部のおもてなし 第一章

目次

(5)

 せわしなく動く部員たちが、茶席の用意をしている。

 乃梨子はどうしたものか、戸惑う。学内の食堂で昼食も終えたいまでは、さすがに帰宅しようとは思わない。だがこのままぼーっと過ごすのは、気がとがめる。気づいた結衣が手招きしてくれた。近寄ればカバンから取り出した、白くて小さなポーチを見せる。まるで着物の帯のような、和柄で刺繍をほどこされたポーチだ。長財布に似ている。

「帛紗ばさみだよ。中にお菓子を食べるときに使う懐紙と菓子切りを入れてるんだ。今日はいきなりだったから、乃梨子ちゃん、食べる道具を持ってないでしょ。だから懐紙を分けてあげるね。菓子切りはお客さま用の菓子切りが部室にあるから、それを使おう」
「奈元さん、わたし、茶道の知識も経験もないんだけど」
「大丈夫。あたしの隣に座って、あたしの真似をして。いまから説明もするから」

 あれこれと準備をしていた若菜が、結衣の言葉を聞いてからかうように言う。

「奈元も成長したもんだ。初めての茶席で、『お菓子を二つ食べてもいいですか』と言い放っていた、あの奈元がねえ」
「若菜先輩っ。それは言っちゃいけない黒歴史ってやつですよう」

 そう言ったあとに、ちょっと頬を赤らめた結衣が乃梨子に向き直った。ハキハキと説明してくれたところによると、茶道でお菓子を食べるときの作法のポイントは五つ。

 ・菓子鉢にみんなのお菓子が入ってるけど、お菓子は一人、一つずつ。
 ・懐紙にお菓子を取り分けて、菓子切りで三つくらいに切って食べる。
 ・お茶を前に置かれたら、「いただきます」という気持ちを込めてお辞儀をする。
 ・お茶を飲むときには、手の上で時計回りに百八十度回して口をつける。
 ・飲み終えたら指で飲み口をぬぐって、また百八十度、時計回りに回す。

 順序立てて説明されたけれど、なにぶん、初めてだからその通りに動けるかどうか、わからない。不安に思いながら教わった動きをなぞっていると、結衣が笑った。

「大丈夫。乃梨子ちゃんはお客さまで、おまけに初めてなんだから。少々失敗しても気にしない。それより楽しんで! ましろさまが持ってきてくれるお菓子もお茶も、本当に美味しいんだから、堪能しないと損だよ」
「いや、そうなんだろうけど。なかなかの無茶を言うね、奈元さん」
「え、そう?」

 するとましろさまが低く笑い出して、「無茶かもしれないが、結衣のいう通りだ」と言葉をそえる。紅い瞳がやわらかく乃梨子と結衣を見ていた。

「わたしの眷属が精魂込めて作った菓子だからな。しっかり味わってほしい。きっと、あやつも喜ぶだろう」
「眷属?」

 思わず聞き返せば、結衣が短く「ましろさまの身内ってこと」と教えてくれた。つまり、これから食べる和菓子はあやかしが作った菓子というわけだ。チラリと視線を向けると、竹の皮に並んでいた和菓子は、すでに鉢の中に綺麗に並んでいる。

(普通のお菓子に見えるんだけどな)

 まあ、とってもかわいらしいお菓子だけど、と考えたところで、若菜が「二人とも、入って」と奥の和室に呼んでくれた。結衣が先に立ち、ピンと背筋を伸ばした姿勢でしずしずと畳の上を歩く。小刻みに足を交互に前に出す歩く結衣は、とてもおしとやかに見えた。

 結衣の真似を心がけながら、乃梨子も奥の和室に入る。

 さっき、チラリと見えていた奥の和室には、床の間があり障子が飾られている。そしてまだ花をつけている桜の枝が、一本、背の高い花瓶に生けてあった。

 結衣の隣に正座で座れば、向かい側、和室のすみに釜が置かれていることに気づいた。他に茶碗をはじめとした道具がいくつか置かれている。へえ、と思いながら注目していると、開いたままの障子から、男子生徒が菓子鉢を持って入ってきた。

 まず若菜が。それから結衣が菓子鉢から菓子を取り出していく。二人の真似をしながら菓子を懐紙に受け取り、桜花のかわいらしさにためらいながら、教わったとおりに和菓子を切り分ける。ピンク色の生地からこしあんがのぞいて見えた。これは、人間ではない、あやかしが作った和菓子。そう思い出しながら、思いきって、パクリと食べる。

(!)

 なんとも上品な甘さが口の中に広がった。まろやかな甘さがゆっくりとほどけて、口内に広がっていく。いやみではない甘さを、とても美味しく感じられた。

 乃梨子は和菓子をあまり食べない。特にこのような生菓子は数えるほどしか食べたことはない。甘いだけだと思っていた和菓子が、このとき、とても好ましいものに思えた。

 そっとそっと、懐紙に残る和菓子を口に入れた。

 しあわせな甘さが口にとどまっていて、その甘さにうっとりしていると、障子がスッと開き、ましろさまが入ってきた。そのまま流れるような動作で、茶道をはじめる。

 それはまるで、なにかの儀式のようだった。

 ましろさまは静かに動く。お辞儀をし、茶器を清め、茶を点てる。

 動きのひとつひとつがとても洗練されていて、乃梨子はただ、黙って見とれていた。窓の外からかすかなざわめきが聞こえる。簡単に想像できる日常が窓の外では続いているのだ。けれど、この空間では乃梨子が初めて体験する、非日常が満ちている。

 両手に茶碗を持って、そっと茶を飲んだとき、心地よい苦味が口の甘さを流した。

 ぽう、と抹茶の温もりが胃を通っていく感触がわかるような気もして、不思議な感覚になった。思わずぼうっとしそうになったけれど、なんとか教わった通り、抹茶を飲んだ。

 茶碗が回収され、それでおしまいと思いきや、ましろさまの動きは終わらない。

 きちんと後始末もやるんだ、と奇妙に感心しながら再び、ましろさまの動きに見とれているうちに、すべてが終わっていた。

「素敵でしょ?」

 ましろさまが部屋から出て行ったあと、結衣が楽しそうに話しかけてきた。

 ゆっくりと動いてうなずけば、結衣も若菜も嬉しそうに笑う。障子が開け放たれて、再びましろさまと男子生徒たちが和室に入ってきた。どの顔も楽しそうに笑ってる。

 この場所、なんだかとても心地いい。のびのびとできる。

「……わたしも茶道、やってみたいです」

 いつの間にか笑っていた乃梨子は、とてもあっさりと、そのひと言を口にしていた。

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