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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

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茶道部のおもてなし 第四章

目次

(3)

 ましろさまがやってくる時間になった。緊張した面差しの結衣が、奥の和室から出て、しきりで作った控室に入る。若菜がましろさまを迎えに行き、隼人が障子の前で待機している。静かに深呼吸を繰り返している結衣をみて、海斗がそっと「大丈夫だ」と告げる。

「おれとじいちゃんとで作った菓子が、おまえのお茶をあと押ししてくれるよ。ましろさまたちには美味しく、楽しい時間を過ごしてもらえる。だから落ち着いて、もてなせ」

 すると結衣は、ちょっと緊張を解いて、小さく笑った。

「自信過剰」
「なんとでも」

 すぐ近くで二人のやりとりを見た乃梨子は、そっと翔太と視線を交わした。おさななじみっていいものだ。無言のまま、そんなやりとりをしたところで、障子が開く音がする。

「ようこそおこしくださいました」

 隼人の声が響く。「うむ」とましろさまの声が続く。しきりの向こうに、人の気配が増えた。控えめな気配が、伝わってくる。ふすまが開き、ましろさまたちが奥の間に入る。

 しゅっしゅと響く音は、衣擦れの音だろうか。

 隼人がしきりのこちら側に入ってきたから、菓子入れを渡した。短く頷いて、ましろさまたちがいる部屋に向かう。すぐに戻ってきて、ふすまを閉める。

 いよいよ、結衣の出番だ。

 ふうっと長く息を吐いて、止めて。キリリとした表情で、結衣は立ち上がる。おしとやかな動きで、ましろさまたちがいる部屋に入り、隼人が続く。

「本日はわたくしども、私立苑樹学園茶道部の、初夏を楽しむ茶会にお越しいただき、まことにありがとうございます」

 隼人の声が、ふすま越しに凛と響く。続く挨拶を聞きながら、乃梨子と若菜、海斗と翔太は裏方ならではの準備に取り組む。茶碗を清め、お湯で温め、お湯を捨てる。抹茶の粉を茶碗に入れて、お湯を注いで、茶を点てる。

 どうか美味しいお茶になっていますようにと祈りながら、乃梨子は手首のスナップを効かせて、お茶を点てた。母親のように抹茶のダマができてたら最悪だ。そんなことがないように入念に、お茶を点てる。そっと茶せんを茶碗から外せば、綺麗な泡が立っていた。

 四人は沈黙したまま、そろってましろさまたちの部屋の気配をうかがう。ましろさまがなにかをいい、隼人がハキハキと答える声が聞こえた。笑い声も聞こえた。

 いまのところ、和やかに進んでいる。

「本日はまことに勝手ながら、三客さま以降は、陰点てにて失礼させていただきます」

 隼人がそう言う声が聞こえたから、乃梨子たちは立ち上がって茶を点てた茶碗を持って、奥の間に入る。ましろさま以外の眷属がずらりと座っている。好奇心がうずいた。

 でもいまはおもてなしの時間。不適当な好奇心は抑えるべきだとわきまえ、しずしずと動いた。乃梨子は慎重に歩き、四客の前に茶碗を置く。一礼して控え室に戻る。

 ただ、四客のとなり、五客の位置に小狐のあかつきが座っていた事実に気づいていた。

 まだ幼いのに、きちんと正座をしていた。キリリとした表情でおとなしくもしていた。

 海斗が作った和菓子をちゃんと味わえただろうか。抹茶は苦過ぎたりしなかっただろうか。せめてあかつきの抹茶だけでも薄くしたほうが良かったのではないだろうか。

 いまになって気になったが、いまさらどうしようない。

 飲み終わった茶碗を回収して、そこで乃梨子たちのおつとめは終了だ。ちょっと気が緩んだけれど、ふすまの向こうではまだお手前が続いている。

 そうしてすべての茶事が終わって、結衣が控え室に戻ってきた。泣きそうな顔で、崩れ落ちるように座り込む。失敗したからではなく、気力が尽きたのだとわかった。ぽんぽんといたわるように、細い肩を撫でていると、ふすまが開いて、ましろさまの声が響いた。

「みな、入ってきてくれ」

 部員たちはみな、顔を見合わせた。

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