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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

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あなたのマリナーラ (13)

目次

(13)

 さて厄介な仕事がひと区切りついたからと云って、それでわたしたちの仕事がなくなるわけがない。キーラは気がかりだけど、これ以上出来ることはない。放っておくしかないから放っておくこととしよう。

 だからいつものように、翌朝、わたしたちは自警団の事務所に出勤した。
 比較的遅い出勤となったらしく、すでに仲間たちは着替えを終えて、集会室でくつろいでいる。身支度を整えて朝の挨拶をしたら、気の良い仲間たちは素直に応えてくれる。時間はまだある。メグはさっそく給湯室に向かって皆のお茶を淹れに行った。二人ほど付き添ったから手伝いは必要ないだろう。いっぽう、リュシーは必死の形相を浮かべた一人に捕まっている。

「リュシシィっ。相談に乗ってくれええっ」
「よいぞ。アリョーシカのランチで手を打とう」
「げ。支給日前なんだぞっ?」
「それがどうした。相談に乗ってほしいのであろ?」
「おまえの血の色は何色だあああっ」
(相談するなら、リュシーだけは避けたほうが財布にやさしいのに)

 わたしがいちばん好きな、シンプル極まりないひとときだ。
 ちなみにわたしは、いつもの定席に腰かけて本を読もうかと考えた。魔道士ギルド本部から取り寄せた、最新の魔道具作成法が記されている本だ。昨夜自宅に届いていた。でも、表紙をめくって、どこかぼうっとしている自分に気づいて眉を寄せた。やだな、と感じる。

 昨日からずっとこうだ。わたしはおかしい。

 効率的ではない。追求しないと決めた疑惑をいつまでも抱き続けるのは、精神衛生上、よろしくないと経験からわかっている。でもいつになく不安定な情動は、ラウロに起きた出来事を知りたいと望み続けている。何とかしたい、手を貸したい、と願い続けている。

 もう、結論は出ているのに。

 でも、と考え続けて気づいた。そもそも、最初からそうだった。ラウロのピッツァ、マリナーラは充分な量、食べたとしても食べたいと感じる。もっともっと、と願ってしまう。必要以上に食物を摂取する行為は害にしかならないと云うのに、限界を超えてでも欲しいと感じるのだ。そして、それは作り手であるラウロ自身も同じ。

「ラウロ、か」

 ラウロ、と云う少年について考えてみる。ここまでわたしを変える彼は、わたしにとってどういう存在なのだろう。友人? 似ているようで、でもちがう気がする。友人と云うなら、もっと関係は対等であるはずだ。けれどわたしばかり、揺さぶられている気がする。

 ラウロが、わたしによって変わることはない。

 そう考えるとちくりと響く痛みがあったけど、事実なのだから仕方ない。不均衡な関係。

 少なくとも、ラウロにはわたしに事情を打ち明けようとする意志はない。わかりきっているのに、と、息を吐いて、不自然な注目に気づいた。仲間たちがわたしを見ている。

「……なに?」

 まず、いちばん目に目が合った仲間に問いかければ、さっと視線を外される。
 するりと視線を動かせば、にこっと笑ったり、あからさまに別の会話を始めたり。

 なにを考えているんだろう、と、いぶかしく眉を寄せたところでメグが戻ってきたものだから、追求できない空気に流れてしまった。むう、と、唇を曲げて、メグが差し出してくれたティーカップに唇をつけたところで、集会室の扉が開いた。

「やあ、おはよう。皆、集まっているだろうか」

 そう云いながら現れたのは、自警団を束ねているエットレだ。かつて傭兵団『黒狼』に属していたという大柄な男は、マーネ市長ベルナルド氏の側近だ。鋼色の髪と瞳がこわごわしい印象を与えるけれど、笑った顔は無防備で子供のよう、って、だれかが騒いでたな。

「そろっておりますわ、エットレさま。お茶が入ったところでしたのよ、ご一服いかが?」
「ありがとう、メグ。ではいただきながら、今回の任務について話そうか」

 にこやかに微笑みながらメグがトレイに乗せたカップを差し出せば、エットレも表情をゆるめながらカップを受け取る。ほっと息を吐いた。昨日の今日で、どんな仕事かと考えたのだけど、この様子なら厄介な仕事ではないようだ。安心しながら、わたしも茶を飲む。仲間たちも同じように考えたらしく、集会室の空気はやや緊張を解いた。

「――――ピッツァフェストの募集がそろそろ締め切られる」

 お茶で喉を潤して、エットレが切り出した。
 わたしたちは顔を見合わせて、それぞれの困惑を確認した。わたしはまたもやラウロを思い出しながら、黙ってエットレの言葉の続きを待った。

「これまでも行われてきたが、今年はいよいよ、大掛かりなものとなりそうだ」
「ピッツァフェストが?」

 首をかしげながら仲間の一人が問えば、にやり、とエットレが唇をゆがめる。

「いや。ピッツァフェストをめぐる、賭博だ」
(賭博)

 直ちに場の空気が引き締まった。なにを懸念とされているのか、瞬時に理解できたのだ。

「いかさまが行われるということかのう?」

 のんびりとした口調でリュシーが確認すると、エットレは持っていた書類をテーブルに広げた。駆け寄ろうかと考えたのだけど、エットレの話はまだ続いている。

「ピッツァフェスト出場者たちに辞退者が続出している。事情を聞けばさまざまだ。修行の旅に出る、事件に巻き込まれ怪我を負った、いまだ未熟であるため、――――だが、どうにも不自然だと担当者が訴えて来てな。八百長の可能性を警戒することになった」
「つまり、出場されている方々の警護と賭博に関する調査、それが今回のお仕事ですのね?」
「ああ。二班に担当してもらう。ウーノ班、ドゥーエ班、事情を説明するからこちらに来い。トレ班は待機。クワットロ班、チンクエ班は通常勤務に戻れ」

 ウーノ班、ドゥーエ班は、わたしとリュシーが所属する班だ。

 ようやく立ち上がり、エットレがテーブルに広げた書類を一枚一枚、取り上げて仲間たちに回す。書類に記されていた事項は、ピッツァフェスト出場者たちのプロフィールだ。名前と年齢、住んでいる場所に経歴を頭に叩き込みながら、ぴくりとわたしは一枚の書類に反応した。ラウロ・ブルネッティ。リュシーがのぞきこんで、ほう、とつぶやいた。

「これはこれは。面白い事態になりそうじゃの」

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