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 ジョン・ナッシュ・アクトンにとって、貸本屋はあくまでも副業だ。

 趣味で集めていた書籍で仕事ができないかと考え、思いついた副業は想定以上の儲けを弾き出してくれた。今では、本業に勤しむだけでは知り合えないだろう階級の客まで、貸本屋の常連となっている。優秀な受付令嬢のおかげで本業に差し支えないし、彼は満足している。

 だから帝国の探偵が、受付令嬢を引き取りたいと言ったとき、ジョン・ナッシュは困った。

 いま、彼女に辞められては本当に困る。それが率直な感想だ。けれど受付令嬢からくわしい事情を聞いてしまったのだ。その事情が事情だけに引き止めることもためらわれた。

 なぜなら彼女はこの四年、行方不明となった家族を探し続けていた。休日になれば警察を訪れ、噂を聞けばどこであろうと手掛かりを求めて訪ねにいく。そんな彼女を痛ましく感じていたから、家族の手がかりを得られるかも、と意欲を燃やしている姿を見たら、さまざまな事情を脇に置いて、応援したくなる。

 受付令嬢と短い話し合いを持ち、週に三日、ジョン・ナッシュが本業の薬局の受付をしている間だけ、貸本屋の受付をしてもらうことにした。意外なことに受付令嬢は引き続き、貸本屋で働けることを喜ばしく感じているようだった。

 それはそうだろう、貸本屋は彼女にとって大切な生活の糧だ。

 行方不明の家族が見つかるかもしれないから転職するとは言っても、その仕事はいつまで続けられるのか、いつまで雇って貰えるのか、彼女は冷静に考えたに違いないのだ。そしてその仕事の期限は、家族が見つかるまで、と見極めたのだろう。だとしたら、家族が見つかった後の仕事はやっぱり確保しておきたいと考えたに違いない。

 だからジョン・ナッシュは彼女の選択を受け入れた。

 受付令嬢の転職は、あくまでも一時的なものだ。そして期間が過ぎれば、受付令嬢は戻る。だとしたら受け入れても構わないだろうと考えた。帝国の探偵は危険も伴う職業だ。彼は長い期間、令嬢を受け入れないだろう、とジョン・ナッシュも思いついたからだ。

 帝国探偵と受付令嬢を送り出し、それにしても、と考えた。

 ジョン・ナッシュが経営する貸本屋に帝国探偵が足しげく通う理由は、受付令嬢だとちゃんと察していた。ちょっと空回りしていることも。意外なところで不器用な探偵を面白がりながら、ジョン・ナッシュは応援していたのだが、まさかこんな展開になるとは思いもしなかった。

 ともあれ、今日から優秀な受付令嬢はいないのだ。

 もっとも面倒な目録作りは済ませてあったから、そのまま貸本屋の受付に入る。本業である薬局の受付は老母がしている。客が来たら呼びに来るから、今日はこのまま貸本屋にいても構わないだろう。そう考え、新しく入荷した本を本棚におさめ、新聞をふたたび広げたときだ。

 からんからん、と、扉のベルが鳴った。

 午前の客とは珍しい。そう思いながら扉に視線をむけ、「おや」とジョン・ナッシュはつぶやいた。金髪碧眼の美青年、受付令嬢の「兄」が立っていたのだ。息を弾ませた様子に、「お嬢さま」の転職が耳に入ったんだな、と確信しながら、ジョン・ナッシュはガサガサと新聞を閉じる。

「遅かったな」
「お嬢さま、……フィオナさまは」
「帝国探偵のところに行っちまったぞ。なんだ? あいつを止めたかったのかよ、レイモンド」

 そう言いながら、受付から立ち上がる。

 話は長くなる。そう感じたからこそ、用意している喫茶コーナーに向かおうとしたのだが、店に入ってきたレイモンドは、「あたりまえだ」といい、ジョン・ナッシュの肩を掴んできた。

「なぜ止めなかった。夫妻を処刑台に送った人物だぞ、アンドレアスは!」

 そう言いながら、ジョン・ナッシュの肩を掴む力は強い。痛みを覚えるほどではないが、ため息をついて、ジョン・ナッシュはレイモンドの手を払った。

 まったく。「仲間たち」はこいつに、どういう伝え方をしたんだか。

「どこまで聞いた?」

 冷静に聞き返せば、レイモンドの表情がわずかに歪む。まったく表情豊かなことで。ジョン・ナッシュがそう考えたことに気づいた様子もなく、レイモンドは口を開く。

「アマンダさまの行方が掴めたと」
「そうだ。よりにもよって、本当の行方がな」

 行方不明の姉を求めるフィオナ、ーーーーフィンの姿をジョン・ナッシュは痛ましく感じていた。手がかりが見つかったと喜んでいる彼女を応援してやりたいと思った。それは嘘じゃない。

 だが、どの面を下げて、と感じたことも事実だ。なぜならレイモンドもジョン・ナッシュも、アマンダ・アシュバートンがいま、どこにいて、なにをしているのか、知っているからだ。

 知っていて、フィンには隠していた。
 なぜなら知ったところで、フィンには何もできないからだ。

 もはや貴族令嬢ではないフィンの手が届かない場所で、アマンダは活動している。下手に近づけば、フィンの身が危ない。そう考えたからこそ、ジョン・ナッシュもレイモンドも自分たちが掴んだ事実を隠していた。フィンが知れば怒っていただろう。裏切られたと考えたかもしれない。

 それでも。

「……お嬢さまを、連れ戻してくる」
「どうやってだ」

 紅茶を用意してやったのに、目の前の男は口をつけようともしない。いつもの余裕を失っている様子に呆れた。従者《ヴァレット》の性分だからだろうが、第三者であるジョン・ナッシュには過保護と感じるところだ。いまもたわけたことを言い出したから、冷静に突っ込んだ。

 すると言葉を失うのだから、そこまで混乱しているわけじゃないんだな、と考えた。

「諦めろよ、レイモンド。もともと、いつまでも隠しておけることじゃないだろ」
「……だが、」
「フィンは女王《レジーナ》の力を継承している。それをさっさと話しておけばよかったんだ」

 以前から考えていた言葉をぶつけてやれば、レイモンドは深刻な表情で黙り込んでしまった。

(まったく)

 往生際が悪い。

 そもそも十三年前、瀕死だったフィンに、女王《レジーナ》の力を授けた人物はレイモンド自身だろうに、とジョン・ナッシュは肩をすくめて紅茶を飲んだ。

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