最高位の魔道士、紫衣の魔道士を雇うと決めたのは、当初の意思を翻してミハイルの決意に協力することを決めたアーヴィングである。理由は明白だ。自分たちを過信していたつもりはないが、王子アレクセイを青衣の魔道士によって失ったためだ。今後彼らと闘う事態を考慮するなら、青衣と同等以上の魔道士がいたほうがいいと主張した。

 正直に云えば、アレクセイは気が進まなかった。秘密を知る者は少ないほうが望ましいし、そもそも雇用する魔道士が信頼できるとは限らない。ならば、とチーグルが閃いた人物がキーラだったが、自分より年下の少女と聞いて尻込みした。か弱い少女は共に戦う相手としては気づまりだ。そんな考えを変えたのは、マーネでの出来事が原因である。

 そのときのアレクセイは、すでにキーラを雇うつもりをなくしていた。仲間たちにけしかけられ、毎日彼女のもとを訪れはしたが、積極的になれなかった。だから予想以上に依頼をいやがるキーラの事情を訊いたのは、それなりの日数が経過してからである。

 聞いたことで少女への印象が少し変わった。魔道士と云う存在の弱点をよく知っていると感じた。だが同時に、軽侮の念が生まれたことは否定できない。どんな事情があるにしろ、魔道士であることがいやならば紫衣を返上したらいいのだ。キーラは中途半端に思えた。カフェを開くつもりだ、と云いながら、魔道士としての自分を捨て去らない。

 ただ、襲撃してきた敵に対する反応の素早さは、好ましく思えた。

 すっかり普通の少女としてとらえていたが、さすがは紫衣の魔道士だと感じさせた。少々、見込みの甘さが目立ったが、それでもマーネの守護者たちが閃きもしなかった追跡魔道をかけた点は評価できる。これならば足手まといになることはない、と、キーラを受け入れてもいい気持ちになっていた。だから最も効率的な方法で彼女を雇うことに決めた。

 けれど軽侮の念は、やはり消えない。

 ギルドの長から「要請を受けた」キーラは、明らかに落胆しながら依頼を引き受けた。断りきれない方法を用いながら、アレクセイは軽く苛立った記憶がある。いやならば拒めばいい。本当にカフェを開きたいというならば、飲食店で働きたいというならば、まだ打てる方法がある。だが、キーラはやはりその方法を使わない。魔道士としての自分を捨て去らないのだ。苛立つアレクセイに思いがけないことを云ったのは船に戻ったセルゲイだ。

「彼女はアリョーシャに似ているな」

 停泊している甲板で、共に潮風に身をさらしながらの言葉である。どこが、と、アレクセイが訊ねると、セルゲイはやるせないような笑みを浮かべた。

「魔道士としての自分を捨て去れないところが、だ。傭兵であろうとしながら、王子としての自分を捨て去れなかったアリョーシャに似ているだろう」
「あいつは本当に傭兵になろうとしていたか?」

 生前の王子アレクセイを思い出しながら疑問を提示したら、セルゲイは苦く笑う。

「おまえの目には本気に映らなかっただろうな。おまえはこうと決めたら、決して後を顧みない。だからアリョーシャの頼みにもうなずいて、本気で実行しようとするんだろうが」
「それが悪いと云いたげだな」

 軽く突っかかると、セルゲイは珍しく笑って何も答えなかった。話題はこれからの行動に移り、キーラに触れることはなかったが、奇妙な印象強さでセルゲイの言葉が残った。

 キーラは王子アレクセイに似ている。

 云われてみたら、そうか、と納得していた。だからアレクセイはキーラに対して苛立つのか。いま覚える軽侮の念は、たしかに王子アレクセイに抱いたものと同じものだ。そうして嫌な予感を覚えた。ならばキーラは、アレクセイを振り回していくのかもしれない。

 魔道士の勘には及ばないが、傭兵の勘とて、あたるのだ。