間章(10)

     それからアウィス便による協議を重ねて、アレクセイたちはこのままルークス王国に向かう方向に定めた。隣国パストゥスや国境は副団長ヘルムートが率いる部隊が探る。当初の予定通りになった理由は、女魔道士の件をかえりみて、こちらの動向を探られている可能性を考慮したためである。王子アレクセイが敵に隠し通したかっただろう事実を、敵に目をつけられた部隊が探ることで、あらわにしてはならない。

     ただ、問題は捕らえている女魔道士である。

     あのまま放置したらマーネの魔道士のように、口封じに殺されるのではないかと考えたから、保護下に置くことに決めた。それでも指輪による魔道が発動するのではないかと案じていたが、さいわいにもこれまでにそのような事態は発生しなかった。

     このまま連れ歩くわけにもいかないから、近いうちに立ち寄る港にある魔道士ギルドに預けようと考えていたのだが――――。

     報告を受けて、ただちにアレクセイは部屋を飛び出した。

     舌打ちしたい気持ちをこらえる。どうしてこの状況を読み切れなかった。間抜けすぎる、と罵りながら、キーラの部屋に駆けつければ、すでに数人の傭兵たちが扉を押し破ろうとしているところだった。眉を寄せる。なにか物を置いているのか。だが鍵も開けられる部屋に、大の男数人が押し入れないはずがない。

    「キーラ!」

     扉の前で必死になって呼びかけているのはキリルだ。その脇に見張り役の男がへたり込んでいたものだから、アレクセイは屈みこんで様子をうかがった。

    「大丈夫か?」
    「ああ。ちょっと、油断した」

     言葉の響きはしっかりとしたものだから、すでに問題はない。ほっと息を吐いて、男が続いて吐き出す内容に耳を傾ける。油断した、と、男はもう一度繰り返した。

    「まさか魔道士があんなに腕が立つとは。反則に近いぞ」
    「魔道士?」

     傭兵に腕が立つと云わしめる魔道士、と聞いて、あの青衣の魔道士を思い浮かべていた。セルゲイと剣でやりあっていた魔道士だ。けれどすぐに否定する。ありえない。あの男は確かに殺したはずだ。

     いずれにしても、その言葉で扉が開かない理由が分かった。魔道士が潜入したのだ、ならば魔道によって扉を封じているに違いない。室内の状況に思考を飛ばして、初めてキーラに魔道封じの腕輪をした行為を悔やんだ。魔道を封じられていない彼女ならば、この事態をどうにか打開していただろうに。

    (最低だな)

     自分勝手にもほどがある。キーラの力を勝手に封じておいてなにを考えているのか。

     それでも彼女が傷つけられる事態まで望んではいない、と、思考は力強く否定して、アレクセイを扉の前に進ませた。どん、と扉を叩き、室内に呼びかける。

    「キーラ、いますか!」

     返答はない。珍しく抱いた焦慮のままにもう一度呼びかけようとしたら、キリルたちがアレクセイを押しのけて扉に体当たりする。今度は、扉がたわんだ。がたがた、と物が倒れる音が聞こえ、ふ、とあっけないほど扉が開いた。体当たりした男たちが勢い込んで室内に倒れこむ。その流れに乗じて、アレクセイは室内に入り込んだ。

     ――――瞳、が。

     室内には三人の魔道士がいた。捕えていた女魔道士に、見覚えのある魔道士、そしてキーラだ。

     女魔道士に手を取られながら、キーラはこちらを振り向いた。眼差しと眼差しがかち合う。濃藍色の瞳にアレクセイが映った、と、確かに認識した次の瞬間、三人の姿は消えた。転移魔道だ、と、思考のはずれで考えながら、アレクセイは動けないでいる。

    (なぜ)

     どうして彼女は消えたのだろう、と、心が、つぶやいている。

     どこか遠い響きに聞こえるのは、アレクセイ自身が呆然としているからだろうか。

     それほど、敵の手を取るほど『灰虎』に失望した?

     弱気につぶやいて、いやちがう、と力強く否定する。あの瞳は、まったく負の感情を浮かべていなかった。詫びるような、突きつけるような眼差しは、アレクセイになにを云いたかったのだろう。

    (わからないな)

     ひとつ、息を吐いて、落胆した様子のキリルの肩を叩いてやった。魔道士ギルドに向かったアーヴィングが、いつのまにか扉近くに立っている。自室に閉じこもっていたチーグルもいた。その二人に身体ごと向き合って、アレクセイは口を開いた。

    「女魔道士と、……キーラが敵に奪われました。ですがキーラの身に、危険はないと思われます」
    「ならば取り返さなくてはならぬのう」

     かわいがっている少女がさらわれたにも関わらず、たいして動じてないチーグルに苦笑が浮かんだ。

     まったくこの老人は、無理難題を軽々と云ってくれる。

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