禁書室と云っても、書物が並んでいるわけではない。むしろ報告書を束ねた形の冊子が多く並んでいた。親切に背表紙があるわけではないから、手当り次第に本を取り上げて中身を確認していく。精霊と云う単語が掲載されていたら、内容を読み込む。効率の悪い方法だが、整理されていない本棚を探るのだ。仕方ないと割り切った。

 スキターリェツはその間、なにをしていたのかと云えば、部屋にある窓から外を眺めていた。こちらを見ないのはどういう意図があるのか。そもそも入室を許した時点で、監視してもしなくても同じ、と云いたいのか。だがいずれにしても、ぼんやりと窓から外を眺めて、なにを考えているのかな、と不思議には思う。

(あら?)

 本棚を探っていて、キーラはふっと珍しい冊子を見つけた。

 珍しく、ちゃんと書物の形になっている本だ。妙に意識に引っかかるものだから、指を伸ばして取り上げた。表紙に、ただシンプルに「召喚者名簿」と書いてある。ぱらぱらとめくると、奇妙な単語が並んでいた。ヤマサキレイ、オカダツトム、サナダマコト、……全部で五十個ほど単語は並んでいるだろうか。共に日付が書いてあって、いちばん最新の日付は十年前だった。隣に書いてある単語は、カンザキキョウイチロウ。なにを示している単語なのだろう。少なくとも記憶を探った限り、魔道的専門用語ではない。

「ああ、見つけたんだ」

 外を眺めていたはずのスキターリェツが、いつのまにか傍に寄って、ひょい、とキーラの手元を覗き込んだ。ちょっと身をすくめてしまったが、スキターリェツに問いかける。

「これはなに? なにを意味しているの?」
「表紙に書いてあるだろう。それ以上は僕には説明しかねるな」
「召喚者名簿?」

 では、並んでいる単語は、名前なのか。もう一度視線を落として、キーラは首をかしげる。これまでに呼びかけたことがない、見たことがない種類の名前だ。すべてが個人名なのだろうか。だがそれがわざわざここにある意味はなんだろう。というより。

(――――『召喚』?)

 召喚【しょうかん】:特定の者に、特定の場所に出向くよう命じること。

 とっさに頭の中の辞書を確認していたが、この場合、その意味で合っているだろうか。

 特定の者、と云うのが、この名簿に書いてある名前の人物か。では特定の場所とは? ここに書いてある人たちは、どこに召喚されたのだろう。

 首をかしげてキーラは考え込む。精霊とは関係のない冊子なのに、妙に気にかかるのだ。だからこそ、この本がただの本ではないと感じている。

「むかしむかし」

 唐突に、スキターリェツが歌うような節で語り始めた。

 いぶかしく眉を寄せて眺めると、楽しそうに口端を持ち上げたスキターリェツが、キーラを眺めている。何気なく見つめ返して、ちがう、とキーラはやがて気づいた。

 唇は微笑んでいるけれど、スキターリェツの眼差しは笑っていない。初めてかもしれなかった。彼がこのように剣呑な気配をまとうところなど、キーラは見たことがない。

「ある国が大いなる災いに襲われました。その国の王さまは一生懸命、災いを解決しようとしたのですが、それは統一帝国の時代から残っていた災いであるため、王さまにはやっつけられない災いでした」

 さいわいにも、と、スキターリェツはぐるりと室内を見渡す。

「その国には、統一帝国の資料が多く残っていたため、災いの対処法を見つけることが出来ました。その方法とは、異世界から勇者さまを召喚する方法だったのです」
「ゆうしゃさまァ?」

 疑い深い響きで、キーラは繰り返した。なんという、胡散臭い単語だ。

 ぷ、とスキターリェツは吹き出した。声をあげて笑い出した彼を、あっけにとられて見つめる。

 スキターリェツはよく笑うけれど、彼の笑いどころはいまいちよくわからない。いま、キーラが告げた言葉のどこに、笑える要素があったのか。

「うん。……キーラは本当に、楽しい個性をしているよね」
「そう云われる理由が、さっぱりわからないわ」

 むしろ不本意だ。楽しませようと言葉をつむいでいるわけではないのだから。

 スキターリェツは、目を細めてキーラを見つめる。あ、と気づいた。

 先ほどまでの険しい雰囲気はもうスキターリェツをとりまいていない。いつものように、ほんわりと穏やかな雰囲気を漂わせて、まったくねえ、とぼやくようにつぶやいた。

「いまのお話は、だから王さまは昔の技術を使って勇者さまを召喚しました、って続くんだけど、正直、神経を疑うよ。見たこともない異世界の勇者さまとやらを、よくもそこまで信頼して召喚したなって。だって異世界の人間に、国のために頑張る理由はないだろ」

 権力を握る人間は、他力本願でよろしくないよね、と、スキターリェツは皮肉に告げた。