(浮上。そう、浮上するのよキーラ・エーリン。がっくり脱力していても、事態は変わらない。それどころか、こんなに深い森では時間が経てば経つほど、か弱いわが身が危険にさらされてしまうのは明らか。頼りになりそうな人材が自分以外に存在しない以上、なんとか立ち上がって水場を探すか、木に登って現状把握しなくちゃ。そう、だから浮上。がんばれあたし。さくっと浮上して歩き出すっ)

「って、出来るかーっ!」

 ずらずらと脳内に並べた言葉に、キーラは雄叫びをあげていた。結構な大声だったから、雄叫びがわずかに響いて消えた。改めて感じる。この場所には誰もいない。頼りにならないまでも、いま感じている心細さを分け合う人間はいないのだ。

 ぶる、と唇が震えたが、きゅ、と結んで震えを抑え込んだ。すでに夕暮れだ。気温は下がる途中だから寒さを覚えたのだが、それだけではないことを自覚していた。深まりつつある夜闇が怖いのだ。

「とりあえず」

 この場には誰もいない。だから必要はないが、キーラはあえて声に出した。

「現場把握するしかないわね。考えましょう、キーラ・エーリン」

 ゆっくりと地面から立ち上がり、パンパンと服を払いながら、まわりを見回す。木、木、樹。さきほどまで見ていた樹木に似ているが、あきらかに別物だとわかった。手入れされていない豪快な枝ぶりはどう考えても人の手が加えられていない。さらに、別れ際に云われたスキターリェツの言葉を照合したら、おおまかに見当がつく。毎夜、ローザの家で地図を眺めていたおかげだ。

「ルークスは三方を海に囲まれているんだから、ここは南、パストゥスとの国境ね」

 それもおそらく、ルークスの国土ではない。スキターリェツがこちらを混乱させるために嘘を告げたとは考えない。そのような雰囲気ではなかった、と云うよりも、スキターリェツに嘘をつく必要はないだろう。まったく脅威ではない普通の女を、彼女が望むままに放り出したに過ぎないのだ。

 思考をさらに進めると、スキターリェツに云われた言葉が、脳裏によみがえる。状況が状況だけに、途切れ途切れしか覚えていない。それでも言葉の断片はあざやかにキーラの意識を照らす。

 ――――精神的な足手まといなんだよ。

 云われたときに感じた、燃えあがるような悔しさは、いまはない。そうなんだろうな、という静かな受容があるだけだ。しんと鎮まった意識がゆるゆるとキーラの内側に広がっている。落ち着いていく心地を認識しながら、空を見あげる。もう陽が沈んだから、水場の確認は難しい。現状の把握もしかりだ。

 だからもう今夜は動かないでいようと決めて、キーラは力を集めて光を灯した。再び地面に座り込み、あたりを照らすよう光を調節して固定する。服は汚れてしまうが、仕方ない。喉が渇きすぎで痛い。唇も乾いている。魔道ギルドでまずい紅茶を飲んだきりだと気づくと、きゅう、とお腹が鳴った。獣の襲撃があればな、となにげなく考えた。そうしたら返り討ちにして、焼き肉にするのに。

 あ、でも、と問題点がさらさらと閃いた。

(獣ってたいてい毛皮があるわよね。それを切り取らないとごちそうにはありつけないんじゃないかしら。しまった、ルークスはとても平和だから靴にも服にも刃物を仕込んでないわ。食いっぱぐれるじゃないの。刃物の代わりに風を使うとか? あるいは死体のまま燃やし毛皮を焼き落として肉を取り出すとか。ううん、でも毛皮が残って口の中でごわごわしそう。それに毛皮を燃やすなんて、この寒空ではもったいない気もするし。――――って、肉食の獣はまずいというわね。じゃあ人間を襲いそうな獣もまずいのかしら。最悪。でも空腹に勝る調味料はないともいうわよね……)

 空腹に脳内を支配されて考えていたが、はた、と唐突に、キーラは我に返った。

「じゃなくてっ、他に考えなくちゃいけないことがあるでしょうあたし!!」

 食べ物に偏りそうな思考を、慌てて方向転換する。そう、いま考えなければならないことと云えば、この森を出た後にどうするか、と云うことだ。