キーラはこれまで精霊と云う種族を見た経験はない。

 書物に記されている記載を覚えているだけだ。人間とは異なる進化を遂げた種族、人間よりもっと自然に近い、不思議を行使する存在、と云う描写を覚えているだけ。だから断言するべきではなかったのだが。

「なにを根拠に、そんなことを云うんだ」

 キーラを睨んだまま、若者は云う。虚勢に似た気配を感じ取ったキーラは、若者が精霊ではなく人間だという推測に確信を抱いた。同時に、若者自身も自覚している事実にも。

(この状況で、自分を精霊だと名乗る利点ってなにかしら)

 若者の質問に答えないまま、ひっそりと考える。すぐに首を振った。わからない。わからないが、厄介事の匂いがぷんぷん漂っている。

 若者から距離を置いたほうがよかったのではないか、といまになってキーラは考えた。

 見るからに軽装な若者が、このまま森で過ごすはずがない。そもそも食料も持っていないのだ。何かしらの用件を済ませ、空腹になれば、居住場所に戻るだろう。その動きを陰からこっそり、後をつければよかったのだ。

(かといって、いまから別れて後をつける、と云うのも不自然よねえ)
「おい、聞いているのか? なにを根拠に、ぼくが精霊ではないと断言するんだ」

 なにしろこのように、若者はキーラが考えている間にも、しつこく質問を繰り返しているのだ。自分が納得する答えを得られるまで、やめそうにない雰囲気が濃厚だ。いろいろな仮想を諦めて、キーラはこめかみに指を当てながら口を開いた。

「あなた、わたしの攻撃で気絶したじゃない。精霊ならありえないことよ?」
「攻撃だって? あれはただ、突風が吹いて吹き飛ばされただけだ。人間であるきみは関係ないじゃないか」
(んなわけあるか)

 さらにぐりぐりとこめかみをもみほぐす。人間一人を吹き飛ばす突風なんて、不自然極まりない自然現象だろう。なぜ魔道によるものだと気づかない、と、もはやキーラは精神的な疲れしか感じない。

「……あのね、あたしは魔道士だから突風を作り出すことくらい、出来るんだってば」
「マドウシ?」

 いかにも不思議そうに繰り返されて、キーラは若者を見返す。

 とぼけているのか、と一瞬考えたが、目の前の表情を見て、違うと確信する。とぼけているのではない、本気で疑問を抱き、問いかけている表情だ。悟ったキーラは今度こそ困惑して、眉根を寄せる。目の前の若者は、魔道士と云う存在を知らないのだ。

(魔道士って、メジャーな職業、よね?)

 おそるおそる、自らの知識に確認する。魔道士、――――世界に存在する力を可視し、行使することができる存在は、はるか古の統一帝国時代から存在している。存在は途絶えることなく、いまの時代まで続いている職業だ。いかなる辺境でも知らない民はいない。

 まじまじとキーラは若者を見つめていたが、それは若者も同じだった。

 胡散臭そうにキーラを見つめて観察していたが、やがてふんと鼻息荒く、云ってのけた。

「きみに突風を作り出すことができるだって? 信じられないな、それはぼくたち精霊の技だ」
「そりゃ精霊にもできるでしょうよ。同様に、あたしたち魔道士だってできるの」
「なら、やってみせろ。ぼくが確認してやる」

 偉そうに、と反発したキーラだったが、面倒くさい現状を打開するにはそれが早い。

 片手を掲げて、力を集める。先ほどと同じように、風の形を与えて若者に投げる。若者に力はぶつかる。だが今度は格段に威力を弱めたため若者が倒れることはなく、力は若者の髪を乱しながらやわらかく散って、消えた。見返したら、若者は呆然としている。

「……風だ」
「そういう形を与えたからね」
「間違いなく風だ」
「……今回はあなたを痛めつけないように力を弱めたけどね」
「なぜだ、なぜ人間であるきみに技を行使できる!」

「……。……だからー」

 それが魔道士なんだってば、と云うよりも前に、若者はぽんと手を打った。

「そうか。きみはぼくと同様、精霊と人間との間に生まれた混血なんだな?」
「はあ?」

 とんでもないことを云われた。

 呆気にとられている間に、そうかそうか、と若者は盛んにうなずいている。どうしたらいいものか、ついに悩みながら眺めていると、顔を輝かせた若者がキーラの手首をつかんだ。さきほどまでの表情は消えうせ、あからさまな好意が整った顔に浮かんでいる。

「ならばきみには権利がある。案内しよう、ぼくらが住まう、精霊の里へと!」
(はい!?)

 キーラは思わず硬直し、同時に、若者の脳内構造がきわめて心配になった。

 精霊の里とは秘境であるはずだ。人間を寄せ付けない場所に、案内していいのかと突っ込みを入れたくなったが、動き出した若者に引きずられてなにも云い出せなかった。