そういえば有益な資格でした。 (13)

    「そなた、なにものだ?」

     ゆっくりと腕を下ろし、里長がぴんと張った声で問いかけてきた。ぎゅ、とこぶしを握り締めたが、すぐに答えを返せなかった。だが応えないわけにはいかない。震えるように吐息をついて、思い切って里長を見返した。

    「キーラ・エーリン。マーネからやってきた魔道士です」
    「なるほど、外からこの国に招かれた魔道士か。こやつらは仲間ではないのか」

     いくつもの意味が重なった、里長の確認だった。ぐるぐると言葉が頭の中で回る。必死で言葉を探して、いちばんマシだと感じる答えを口にする。

    「彼らには親切にしていただいた記憶があります。ですがあたしは、あなたがたに恩を売りたいがために、このような行動をいたしました」

     里長の眼差しに厳しさが宿る。間違えている答えだとわかっていた。こんな物云いでは信用されないだろうと推測してもいた。でも言い繕うべきではないと感じたのだ。

     アリアとマティからは、『灰虎』から逃走の手助けを受けた。スキターリェツからは、住み込み付きの職場まで紹介された。下心があろうとなかろうと、確実な好意を受けたにもかかわらず、いま、キーラは彼らの仲間を傷つけ、目的を妨げようとしている。恩知らずだと自分でも感じるし、責められても仕方ない行為だ、と、いまさら気づいた。

     もはや、最悪、と自嘲する気持ちにもなれない。そんな余地などない。ましてや、人を傷つける恐怖から逃れるため、攻撃している事実から目をそらして戦闘に集中し、必要以上に人間を傷つけようとしたのだ。自己を嫌悪する気持ちがたまらないほど強くなる。

    「恩を売りたい、とは、なんのためだ」

     沈黙している間に、里長がなにを考えたのか、わからない。

     ただ、不可思議な調子でさらに問いかけてきた。和らいだようにも感じる声をいぶかしく感じながら、キーラは里長を見つめ続けながら答える。

    「ルークス王国から出るためと知人たちを招き入れるためです。いま、この国を取り巻いている結界の解除方法を教えていただけるのではないかと期待したのです」
    「結界など、ない」
    「はい。ですが正確には結界とは云えないものでも、この国と他国を妨げている障壁は存在していますよね。あなたがたなら、解除方法を知っているのではないですか」
    「……知人を招き入れるためと云っていたな。どのような知人だ。貿易を求める商人か」
    「いいえ。ルークス王国の解放を願う、アレクセイと名乗る若者です」

     告げたとたん、里長は表情を崩した。

     苦笑にも似た表情になり、ようやく身動きして、足元に倒れている剣士を覗き込む。指先が空を舞う。眺めていたキーラは目をみはった。力が文様を描き、剣士の身体に吸い込まれていく。傷が癒える。キーラが傷つけた剣士たちの治療をしながら、里長は叱咤の響きで「キーラ・エーリン」と呼びかけてきた。

    「なにを立ち尽くしている。このまま、放っておいたら、こやつらは死ぬぞ」

     暗に、治療せよ、と求める声に、キーラは戸惑いながら応えた。

    「再び戦う羽目になったら、どうなさるのですか」
    「必要ない。我らの魔道を封じる仕掛けは、すでに破壊してくれたのだろう?」

     ひと言も説明しなかった部分をあっさりと告げられ、キーラは目をみはった。

     そう、攻撃を仕掛ける前に、魔封じの仕掛けを見つけ出しておいた。仕掛けの破壊と精霊たちの拘束を解く役目をスィンに任せて、キーラはこちらに来たのだ。どうして気づいたんだろう、と考えて、雌虎に加えられた攻撃を思い出した。あのときには気付いていたに違いない。

     とにかく精霊たちには対抗する手段があるという事実に安心して、云われるがまま、治療を始める。意識のある剣士は、とげとげしい眼差しでキーラを睨んできた。怯みそうな心を叱咤して、治療を始める。里長は同時に、拘束の魔道をかけているようだから、同じようにした。キーラが治療を始めると、里長は魔道士たちに向きあった。ちらちらと見つめていたら、力で細かな網を作り、魔道士たちを包んだ。いちばん最初に声を取り戻した魔道士の一人が、呪文を唱える。だが、魔道は発動しない。すぐに里長は魔道士の動きも封じたため、やがて動ける敵はいなくなった。ありがたいことに、死者もいない。

    「里長ーっ」

     ようやくそのころになって、スィンが駆け付けてきた。

     拘束を解かれたムジャンの姿もある。あちらも計画通りに進んだらしい。少し気分が軽くなり、キーラは肩から力を抜いた。かすかに空気が震える。笑いに似た気配だと感じたから顔を上げれば、そっけない表情で里長は駆けつけるスィンとムジャンを見つめていた。気のせいか、とキーラも二人を見つめる。多少の傷を負ってはいるが、おおむね、元気そうだ。

    「よかった、ご無事だったのですね」
    「皆はどうしている?」
    「それぞれ移動準備のために、各家に向かっています。少なくとも、役人たちが退散するまでには間に合うかと」
    (移動準備?)

     キーラの反応は、スィンとまったく同じものになった。

     ぱちぱちと目をまたたいて、里長に報告したムジャンを見つめる。見つめる視線に気づいているだろうに、ムジャンは沈黙したまま、里長の次なる言葉を待っている。頷いた里長はひとつ頷き、スィンに視線を向けた。

    「我が息子スィンよ。人間たちに里の場所を知られた以上、我らは移動しなければならない。だがおまえは、人間・・として、こちらの娘と行動を共にするのだ」

     スィンが愕然と目を見開いた。

     

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