「では。いまのきみは、やろうと思えば魔道で牢屋を吹き飛ばせるのか」

 キーラの主張を聞いたスィンがそう云い出したとき、キーラはむっと眉を寄せて、正面にある顔を睨んだ。

「ちょっと。念のために確認しておくけど、吹き飛ばせって云うんじゃないでしょうね?」
「だめか」
「だめに決まってるでしょー! そんな、馬鹿な攻撃したら、即座に、手配が本物になるわよ。あちこちの街で顔を覚えられ、自警団が追いかけてきて、さらに関係ない人に『あの人手配されている人じゃな~い?』と後ろ指を指され、トドメに、賞金稼ぎまであたしたちを追いかけてくるかもしれない! そうなったら、どうなると思うの!」
「どうなるんだ?」
「馬鹿っ。少しは考えてから物を云いなさいよ! 一般人が使う、安全な旅路は間違いなく使えなくなるわ。魔道士ギルドの情報も得られなくなる。なにより、食事したり宿に泊まれなくなるのよ。いやでしょ、そんなの。少なくともあたしはいやよ。これ以上空腹を抱えるのはいや!」
「……。きみが、空腹だという事実はぼくにもよくわかるのだが。空腹がいやだという意見に、この上ないほど、共感もできるのだが……。実際にはぼくたち、この国の貨幣を持ち合わせていないだろう。結果的に、食事も宿泊もあきらめるしかないのではないか?」

 この世間知らず、と、罵りたい気持ちを抑えながら、スィンに説明する。

「ルークス王国と比べて、パストゥスは労働しやすい国なのよ」
「労働しやすい?」
「そう。パストゥスが牧場王国だって話したわよね?」

 しっかり肯いたスィンを見届け、キーラは思案していた計画を打ち明けることにした。

 つまり、パストゥス独自の労働制度を利用する計画である。

「モーメントゥム、という制度があるの。金銭のやり取りなしで、労働力と食事・宿泊場所を交換する制度よ」

 牧場王国であるパストゥスは、その性質上、常に人手を必要としている国だ。なにしろ牧場は、とにかく人手が必要とする。家畜の授乳やえさやり、残飯の片づけに掃除、放牧や仔の世話。そうした家畜の世話だけではなく、飼料畑の種まきや田おこし、刈取りまで行う合間に、市場に参加し、直営店の運営もしなければならない。

 だからこそパストゥスは、もっとたくさんの労働力を得るために、独特の制度を広めた。牧場で労働して、代わりに、宿と食糧を得る仕組みだ。どこの国にも存在していた仕組みだが、パストゥスのように、国を挙げて奨励した例は珍しい。だからどの町にも牧場への紹介所があり、どの牧場にも急な労働力を養う準備があるのだ。

 そのあたりを説明し終えると、ようやく納得したようにスィンはうなずいた。もともと精霊の里で物々交換に馴染んでいた彼だ。納得しやすいのだろう、感心したように「人間の街にもなかなか賢い流通があるんだな」と呟いた。スィンはれっきとした人間なのだが、忘れかかっているのだろうか。疑問を覚えながら見つめていると、納得した表情でキーラを見返してくる。

「だから食事と宿泊はあきらめなくてもいいのか」
「そう。これならとりあえず貨幣はなくても、食いつないで旅を続けることはできるでしょ? で、首都にたどり着いたら、魔道士ギルドに向かう。そう考えていたんだけど……」
「現状のままではな。まったくいつになったら、ぼくたちの身の潔白は証明されるんだ」

 話が元に戻った。ため息をついて、あえて楽観的にキーラは告げた。

「いつかは証明されるはずよ。手配している場所に連れて行かれたら、いやでも人違いだって証明されるわ。それまで、この空腹に耐えきれるかしら……」

 場を明るくしようという配慮を忘れ、途中から思い切り本音を出してしまった。するとスィンは大きく首を振って半目で見つめてくる。

「……。……きみは、こだわる場所を間違えている、とぼくは感じる」
「そうだな。わたしもそう感じているところだ」

 呆れ果てたスィンの声へ、唐突に、まったく知らぬ声が応えた。

 二人は同時に顔を動かし、声が聞こえてきた方角に眼差しを向けた。いつのまにやら、長身の男が両腕を組みながら立っていた。腰に剣を佩いている。髪の色や瞳の色、そんなものよりも先に、剣士でしかありえない特徴を見出し、キーラはわずかに顔をこわばらせた。

(ちょっと、まさか……)

 切れ長の瞳が怜悧な印象を与える男は、足音も立てないまま歩み寄ってくる。スィンを素通りして、キーラが入っている牢屋の前に立つ。怒っているわけでも笑っているわけでもない、ただ、静かな表情でキーラを見つめながら口を開いた。

「はじめてお目にかかる、キーラ・エーリン。わたしはヘルムート。傭兵集団『灰虎シエールィ・チーグル』、副団長だ」