たかだか自警団の食堂とは侮れないほど、用意された食事は美味しかった。

 調理人に話を聞けば、もとはこの建物は宿屋だったという。ところがモーメントゥムの導入により、利用者が激減した。それはそうだ、労働力を提供したら無料で食事と宿泊場所を提供されるのだから。だから打開策として自警団の集会所にしたらしい。ただ、宿泊設備も整えているため、ギルド長やヘルムートたちのような人間も利用できるようだ。

 食事を終えたキーラは、ギルド長が宿泊している部屋に向かった。スィンはヘルムートと一緒である。どうやらヘルムートが気を遣ってくれたらしい。おかげで込み入った話ができる。ありがたい。ほっとしながら、キーラは部屋にある茶道具でお茶を淹れていた。

「ほっほう。ずいぶん手慣れたようじゃのう」

 じっとキーラの手つきを眺めていたギルド長が、感心したように告げるものだから、キーラは思わず、胸を張った。

「そりゃあ、喫茶店を開きたいと熱望するあたしだもの。このくらいはね」
「リュシシィは、キーラの茶は色つきお湯だと知らせてきたがのう。なかなかどうして、」

 懐かしい友人の名前を聞いて、ぎくり、とキーラは反応した。言葉を続けていたギルド長はちゃんと見咎めて、「なるほど」と頷いた。ふさふさと白いあごひげを撫でる。

「マーネを出てから、取得したのじゃな? 『灰虎』のヴォルフはよい料理人だが、茶を淹れる技術まで優秀ではない。とすると、」
「じいさま。嫌味はやめて。わかっているでしょ、ルークスで特訓されたのよ」
「ほう、ルークス!」

 にやりとギルド長は笑う。わざとらしい。冷めた心地のまま半目で見つめ返し、蒸らし終えた紅茶を出す。ソーサーを持ちあげ、まずは薫りを楽しんで、ギルド長は茶を飲んだ。ぎくりと緊張する。長い沈黙の末に、ギルド長はにっこり微笑んだ。

「なかなかだの。わしのサポート役に回るか?」
「いやよ。シュバルツさんの仕事を取りたくないわ」

 そっけなく応えながら、ちょっと安心している。ギルド長まで満足した。ならばキーラの紅茶を淹れる腕前は一流と云ってもいい。心を弾ませながら、同時に、気鬱でもある。紅茶を淹れる技術を鍛えてくれたアリアは、いま、なにをしているだろう。

 かちゃん、とティーカップをソーラーに乗せる音が聞こえたから、キーラは顔を上げる。

「さて。話を聞くとしようかの。紫衣の魔道士キーラ・エーリンよ、なぜ、『灰虎』から逃走した?」

 さきほどまでの『じいさま』はすでにいない。鋭く深い眼差しを向けてくるギルド長に、キーラも表情を引き締め、つばを飲み込んで口を開いた。

「アレクセイ王子との契約に、不備があったためです」
「不備?」
「本物の王子ではなく、偽物の王子だったのです。彼らはルークス王国王子を騙り、ルークス王国を奪還するつもりでした。わたしは王位簒奪の片棒を担ぐ事態を恐れ、契約破棄を申し出たのですが受け入れられず、また拘束も解かれないままでしたから、不当な扱いと判断し、逃走しました」

 出来るだけ、理路整然と説明するよう心がけた。キーラを怒っていない『灰虎』に対し少々不公平だが、主張するべきところはきちんと主張しておく。そうでなければ、再び魔道封じの腕輪をはめられ、本部に強制連行と云う事態になってもおかしくない。

 依頼放棄だけではない。略式とはいえギルド長の命令まで放棄したという事態だからだ。

 思考を進めるように、ギルド長はあごひげを撫でた。空を眼差しを飛ばし、「なるほどのう」とちいさくつぶやく。やや穏やかになった眼差しでキーラを見返した。

「魔道士ギルドが王位簒奪に与していたと罵倒される事態を恐れたか」
「はい。いまも恐れています。ギルド長は、王子が偽物だと承知の上で、魔道士ギルドが閉鎖に追いやられる可能性も承知の上で、わたしに今回の命令を下したのですか」

 主張は終えた。だから逆に問い返してやる。

 同時に、抗議の意思も込めた。ギルド長が偽物王子を了承しているならば、キーラの危惧は現実になるかもしれない。だがギルド長はそれ以上答えず、「キーラ」と呼びかけた。

「おぬしとわしの間には、取り決めがあったな。わしに万が一の事態が起きたら、おぬしがギルド長になるという取り決めじゃ」
「あれは内密に決められた約束です。強制力はありません」

 云い返しながら、キーラはいぶかしい気持ちで眉を寄せる。

 なぜ、このタイミングで云い出したのか。ギルド長の意図をつかみ取ろうと、眉を寄せて見据える。しかし白髪白髭の老人は簡単に表情を読み取らせない。ただ、穏やかにくらませた表情で薄い唇を開いた。

「ルークス支部の長になるなら、ギルド長にならなくてもいいと云ったら、どうする?」

 思いがけない言葉に、キーラは目を見開いた。