まじまじとギルド長を見つめる。穏やかな表情にある真意を読み取ろうと試みた。

 だが、わかるわけがない。相手は海千山千を潜り抜けた狸どのだ。すぐに気付いたキーラは、諦めて口を開く。相手がなにを考えているのか、さっぱりわからない。ただ、自分の気持ちははっきりとわかっている。

「あたしの夢は、じいさま、喫茶店の経営よ」
「そう云っておったの」

 穏やかな表情に、微笑がはじけた。わがままを主張する子供を見守る表情だ。少し悔しく感じながら、『灰虎』との航海で出会った魔道士を思い出す。

 夢はいつまで経っても夢なのだ、すべてが終わってから目指しても間に合う。そう云ってくれた彼なら、ギルド長を理解できるだろう。ギルド長はキーラの夢を否定しない。

 ただ、紫衣の魔道士としての責務を忘れさせないだけだ。

 世界にたった十三名しかいない紫衣の魔道士は、主要十二国いずれにおいても魔道ギルド支部長となっている。同時に、各国の重鎮として働いている。だからこそ、魔道ギルドは権威をもち、人々に信用もされているのだ。ギルドのために働く、それが最高の位を受けた魔道士たちの務めだ。研究気質の人間が多いから愚痴を漏らすものも多い。だが、だれもが責務を放棄しようと考えない。唯一の例外が、十三番目のキーラ・エーリンだ。

(だからといって、あたしに、紫衣の魔道士をやめるという選択肢はない――――)

 そもそもの始まりを思い出して、キーラもちらりと笑う。温もりも、苦みもない。ただ、自分を持て余して浮かべた反応だ。あるいは、諦めに、似ていたかもしれない。

「……ルークス支部の長になれ、という要請は『灰虎』に、ううん、アレクセイ王子と名乗る若者に協力しろ、と云う要請でもあるよね?」
「そうじゃの。前任者がそうであったように、王子の秘密を守り、王子の協力者となれ。そういう意味じゃ。いずれアレクセイ王子は『灰虎』と別れ、王の道を歩むじゃろ。あらゆる者から隔てられた孤独の道を、亡き親友が求めるままにな」

 最後に付け加えられた一節に、キーラはピクリと眉を揺らした。

 アレクセイ王子に偽装する理由には、なにか事情があるのだ。すぐにわかった。

 だが理解したところで、キーラが譲らなければならない理由はない。そんな余裕はない。これは一生をかけなければならない選択だ。ルークス支部の長となる選択をしたら、港湾都市マーネで喫茶店経営するという夢が。

 金茶色の髪をした少年と再会し、とっておきのもてなしをするという夢が叶わなくなる。

 諦めてしまおうか、と一瞬、考えた。キーラは紫衣の魔道士だ。はじまりの選択を迫られたとき、そうであり続けようと決めた。夢をかなえるために行動していても、責務からいつまでも逃れていられない。

 だが、心の底から、切り裂くように叫ぶ声があった。

(それはいや)

 夢は夢だ。決して輝きが衰えることはない。すべてが終わってから追いかけても、決して遅くはない。もう名前も顔も忘れかかっている魔道士はそう云った。彼の主張をキーラは理解したし、そういう考えもある、と受け入れもした。一時はそれもよいかと考えた。

 だがやはり、キーラ自身にしてみたら、そういう形の成就はかなりじれったいのだ。

 キーラはやっぱり、自分が思う通りに夢を叶えたい。

 多くの人間が行き交う港湾都市マーネにおいて、あの金茶色の髪をした少年が次に向かうと云っていた場所において、キーラは多くの人間を居心地のいい喫茶店でもてなしていたい。いずれ少年と再び会えるよう、こいねがいながら毎日を過ごしていたいのだ。

(うん。あたしはやっぱり普通の女だわスキターリェツ)

 ただ、穏やかに毎日を過ごしていられたら満足する。だれかを、ううん、ずっと長い期間、心に抱えている少年を待っていられたら満足できる。それが、いまのキーラだ。

 なにかを破壊しようとする人間には足手まといにしかならない。その通りだ。だからこそ、ルークス支部の長になれるはずがないと感じる。キーラに対してアレクセイとしか名乗らない若者が、壮絶な孤独の道を歩むなら、なおさら傍にいてはならないと感じるから。

「だめだよ、じいさま」
「ほう?」
「あたしにはもう、心に決めた人がいる。浮気なんか、していられないんだよ」

 にっこり晴れやかに笑って、キーラは告げた。