だからか、とか、初耳だ、とか。さまざまな感想が生まれて、頭の中でぐるぐる回る。口を開けたまま、沈黙していると、ギルド長が眉をひそめて「これ」と告げた。

「そのような表情をさらすものではない。見るからにまぬけじゃぞ」
「ここには鏡がないから自覚しようがありません、じいさま」
「屁理屈じゃな。そもそも若い娘として、いまの自分をどうかと思わぬか」
「驚愕に若い娘も若くない娘も関係ありません、じいさま」
(って、そうじゃないわ)

 反射で受け答えているうちに、だんだんキーラは冷静になってきた。いま、確かに動揺したのだが、いつも通りの会話を交わしていると、どうでもよくなってきた。顎ひげを撫でているギルド長に、ため息ひとつを前置きしてから、確信できた事実をキーラは告げた。

「じいさまはスキターリェツを、敵ではないと考えたのね」

 でなければ、「総員でかかっても敵わぬかもしれぬ」などと、軽々しく云うはずがない。

 ギルド長は狸だ。だからこそ、敵とみなした人物に、正面からぶつからない。ギルド長として、魔道士全員を戦わせる行為など、決してしない。いままでがそうであったように、最少の戦力で、じわじわと確実にダメージを与える方法を選ぶ。だから、狸なのだ。

 ギルド長は目を細めて笑った。

「なにせ、おぬしから話を聞いたばかりじゃからの。敵とみなしようがない」
「ルークス王国の中心的存在よ。神殿で暮らしていて、まわりから敬われていて、」
「頭が悪そうな説明じゃ。スキターリェツとやらの目的は知らぬのか?」

 途中で説明を遮られ、からりと咎められた。キーラは、う、と言葉につまって、「くそじじい」と小さくつぶやいた。「なんじゃと?」とギルド長はにやりと笑って聞き返す。ああ、本当に、くそったれなじじいだわ。もう一度、今度は心の中でぼやいてから、しぶしぶ答える。

「……存じません。少なくとも、あいまいな推測は口にしたくないです」
「ようやく価値のある言葉が出てきたか。キーラ、魔道士の端くれとして、言葉は慎重に選ぶのじゃぞ。言葉ヴォールズを用いなくても魔道は発動するもーん、などと云う理屈は、わしは通用せぬぞ」
(ホント、いやみな爺だわ)

 キーラはつんと顎を上げ、腕を組んで云い放った。云われたままでいてたまるか。

「じいさま。責任あるギルド長として、いまの言葉づかいを問題だと思いませんか」
「ばか孫め。わしが立場を気に掛ける性格だと思うか」

 かっかっか、と気持ちよさそうに笑うギルド長を、なんだか負けた気分で見つめ返した。

 まあ、たしかに立場をかえりみる性格ならば、いまの状況でパストゥスまで来るはずがない。わかっていたのに、馬鹿な切り返しをした。悔しさが大きくなる感触を自覚しながら、分が悪い話題を変えようとキーラは再び口を開いた。

「本題に戻します。スキターリェツはギルドにとっての敵ではないかもしれませんが、アレクセイ王子にとっては間違いなく敵でしょう。どのように折り合いをつけるのですか」
「さて。そうかの?」

 笑いをおさめたギルド長が、顎ひげを撫でながら切り返す。思いがけない反応に、ぱちぱちとまたたいていると、幼子に語りかけるように、ギルド長はゆっくり言葉をつむいだ。

「本当に、スキターリェツとやらは、アレクセイ王子の敵なのかのう?」

 キーラはくっきり眉を寄せる。

(なにをいまさら)

 スキターリェツは変革したルークス王国の中心的存在であり、仲間のマティは本物のアレクセイ王子を死なせた人物じゃないか。口ではなく眼差しで雄弁に語ったが、ギルド長はそれ以上何も云わない。代わりに、キーラが先ほど淹れた紅茶の残りをグイッと飲み、「さて」と云いながら立ち上がる。すっかり改まった表情を浮かべ、まっすぐにキーラを見据えてきたものだから、キーラは困惑にぱちぱちとまたたいた。

「ロジオンの元に向かうぞ。どうあっても、ロジオンの記憶を取り戻さなければならぬ」

 きっぱりとした宣言は、キーラが抱えている危惧など、はねのける勢いに満ちていた。