せっかくの提案だが、ひとつだけ、大きな欠点があるとキーラは気づいていた。

 キーラとスィンの意識をつなげる。つまり、互いの記憶を交流させるという意味である。

 だから厳密に云えば、スィンの秘密を守れない。少なくとも、キーラに知られてしまうのだ。残念ながらキーラは、それでも良いとスィンが開き直ってくれるほど、信頼されているとは思えなかった。事実、たどり着いた部屋で説明したら、次第にスィンの顔が歪んできたのである。

「悪いが、ぼくはそんな魔道をかけられたくない」

 スィンはしばしば、とても大胆になる。キーラではなく、ギルド長に向けてきっぱりと云い放った。自分がロジオンと云う名前であり、また、ルークス王国魔道ギルド支部長であった事実を教えられ、とても驚いていたが、それで態度を変えたりしない。いわゆる上司にあたるギルド長に対しても、必要以上にかしこまったりしなかった。

 ふむ、と、ギルド長は口を閉じた。スィンをどのように説得するかと考えているのだろうか。壁に寄りかかり、事態を見守っていたヘルムートが静かな様子を崩さず口を開く。

「当然の答えだな。ニコライどの、彼の記憶を探って、益はあるのか」
「ないとはおぬしも断言できぬじゃろ。十年前になにがあったのか、おぬしとて充分につかんでいるわけではない。ルークス王はアレクセイ王子を『灰虎』に預けたが、だれが敵でなぜ王子を逃すのか、詳細な説明をせなんだ。……当時の詳細な情報が欲しいのは、おぬしも同じではないか」

 するとヘルムートは眉間にわずかなしわを寄せて黙り込んだ。

 眺めていたキーラには、ヘルムートがなにを考えているのか、よくわかった。十年前の情報は欲しい。だが、今回の魔道がきっかけとなって、本物のアレクセイ王子を知るスィンが、記憶を取り戻したら困る。偽物王子を掲げる立場として、そう考えているのだ。

 偽物王子を全面的に支援すると明言したギルド長にも、ヘルムートの危惧を理解できているはずだ。だが、魔道ギルドの長として魔道士ロジオンには沈黙を命じられる。あるいは、魔道ギルドとしての益を諄々と説いて説得しようと考えているのかもしれない。ところがヘルムートは魔道士ではない。だからギルド長の権限を信じられない、というわけだ。

 キーラは少し考え、ギルド長を強く見据えているスィンに向き直った。

「あのね、スィン。ちょっと、いいかしら」
「かまわないとも。だが説得なら無駄だぞ。ぼくの意思はきっぱり定まっているからなっ」

 ふん、と、スィンはまるで、鼻息を吹き出しそうな勢いで云ってのける。

 キーラはちらりと苦笑した。さて、自分の言葉は説得なのだろうか。ただ、考えた内容、閃いた事実をそのまま伝えようとしているが、結果的にどうなるか、まで、考えていない。

 ギルド長の意見も、ヘルムートの危惧も理解できる。だが、どちらの意見にも同調しようとは感じなかった。ふたつの意見に揺らぐより先に、自分の意見が芽生えていたからだ。

「あのね。あたしが提案した魔道、わかった?」
「よくわかったとも。ぼくの記憶を、きみが探るのだろう。悪いが、ぼくはごめんだ」

 そう云って、ふい、とそっぽを向く。キーラはやれやれ、と腰に両手をあてた。

「わかってないじゃない。あたしが提案したのは、あたしとあなたが入り混じる魔道よ。つまりね、あなたの記憶をただ、一方的に探るわけじゃないの。あたしも、あなたに知られたくない記憶をさらけ出すのよ。いやなのは、あなただけじゃないわ」

 意表を突かれたように、スィンは目を丸く見開いてキーラを振り返った。

 ヘルムートもだ。考え事を止め、興味を惹かれたようにキーラを見直す。キーラはちらりとヘルムートに視線を飛ばした。これから告げる内容は、『灰虎』にも告げたい内容だ。

「きみもいやなら、しなければいいじゃないか」
「そうね。でもそうしたら、選択肢が減るって、感じない?」

 選択肢。唇だけで、スィンがつぶやく。キーラは頷いて、ゆっくりと言葉をつむぐ。

「はっきり云って、さっぱりわからないの。いま、あたしがいる状況が、どういう状況なのか。なにをどうしたらいいのか。どう動いたら、あたしがすっきりするのか、さっぱりわからないのよ。なにせ、ルークス王国にいたけど、まともな情報をつかめなかったから」
「わからないなら、関わらなければいい。下手に動いて、状況が悪化したらどうする」
「じゃ、あなた。その結果、精霊たちになにかあっても、平然としていられる?」

 すぐに切り返した言葉に、スィンはぐっと黙り込む。ややして、「卑怯だぞ」と云われたが、キーラには痛くもかゆくもない。ただ、あり得る可能性を指摘したに過ぎないからだ。

「正直に云えば、あたしだって厄介事にかかわりたくないわよ。マーネに帰って、さっさと職探ししたい気持ちだってある。でもこのままじゃ、マーネに帰っても落ち着かない。たぶん、どこかでルークス王国を気にしちゃう。お世話になった人、関わった人がいま、どうしているんだろ、って、考えちゃうわ。もうルークス王国から離れているのに、なにもできないのに、もたもた考えちゃうのよ。それって、かなり気持ち悪くない?」
「そもそも、マーネに帰るなど、わしが許しはせぬがのう」
「じいさまは黙ってて! ……だからね、ルークス王国にかかわるしかないの。で、いやいやでもかかわるなら、ちょっとでもいいから、イイ感じに状況を動かしたいじゃない」
「軽々しい表現だな」
「ヘルムートもうるさいわよ。――――だから、あなたが抱えている情報を知りたいの。なにもつかめないかもしれない。役に立たないかもしれない。でも少なくとも、このままじゃなにもできないってはっきりしてるじゃない。なにもできないままでいるのはいやよ。選択肢を、できるなにかを増やしたいの。あたしはそうしたいのよ。やりたいようにしたいの。だから少しは、我慢するわ。マーネに戻れない現実にも、『灰虎』に付き合うしかない現実にも、」

 キーラはそう云いながら、じろりじろりと、ギルド長とヘルムートを睨む。ふたりは平然としていて揺らがない。憎たらしいと感じながらも、最後に、じっと見つめてきていたスィンと視線を合わせて、にやっと笑った。

「あなたにも秘密をさらけ出さないといけない現実にもね!」

 そこでスィンは、反射のようにちらっと苦笑した。くしゃくしゃっと髪をかき混ぜ、うつむいて沈黙する。だれもが黙っていた。キーラはじっとスィンを眺めていた。云いたい内容はすべて伝えた。さて、スィンはどうするだろう。ようやく顔を上げたかと思えば、スィンはギルド長を見つめた。

これ・・は、ご老人、あなたの教育結果か」

 顎ひげを撫でながら、ギルド長はにやっと笑う。

「さてのう。子供は親の知らぬところで育つものじゃからな」

 飄々とした応えに、ぴくり、とキーラは肩を動かした。子供は親の知らぬところで育つ。

(その通りよ)

 ちり、と苦い感触が過ぎる。

 もし、スィンが了承したら。キーラは、自分自身にまつわる秘密、産みの親にまつわる秘密も、さらけ出さなければならない。そう考えたら、確実に揺らぐ気持ちがある。いやだ。叫びだしたい気持ちにも気づいた。

 だが、思ったより静かな感触だった。

 なぜなら自分自身で告げた言葉が、心の中で響いているからだ。

 やりたいようにしたい。キーラはいま、素直にそう感じている。だから、そのための代償なんだから、ずっと隠していた自分自身をさらけ出す事実にも目を背けていたい自分と直面する事実にも、我慢しよう。なにより、いやだと感じ拒絶しているスィンに、強制しているのだ。我慢は当然である。

「いいだろう」

 やがて、ふっきったようにスィンが告げた。しかたなさそうに笑いながら、続ける。

「ぼくもしたいようにする。我慢もしよう。そもそもぼくの秘密などせいぜい、先走りが過ぎて落ち込んだとかそういう、たかが知れている内容だろうしなっ。」

 胸を張ってスィンは断言する。

 それはそうかもしれない。スィンのこれまでを瞬時に思い出し、キーラは思わず素直に納得した。