それでは資格を活用しましょう (15)

     もし、あのとき別の方法を取っていたら。

     穏やかな生活を送りながら、いつでも意識の底で考え続けていた。あの若者を除外するのではなく協力を求めていたら、別の道が開けていたのではないかと。

        *

     王は小心者で、臆病だ。

     王宮に向かいながら、ロジオンはため息を堪えた。近頃、呼び出しが増えている。補佐をしている男は「よかったじゃねえか、出世が見込めるぜ?」などとからかう。

     ロジオンはあいまいに笑いながら、補佐の男をうらやましく感じた。知らないままでいられたら。強く願い、次の瞬間、そんな自分を恥じる。それでも魔道士か。王族にしか知らされない秘密を知らされたのだ、もう少し探究心に駆られても良いものを。

    (わたしは存外、魔道士に向いていないのかもしれない)

     苦笑しながら、侍女に指定された部屋に向かう。王が待っている。そう知らされていたのだが、待っていた人物は王だけではなかった。異世界からの召喚者もいたのだ。

    「おお、ロジオン。来たか」

     柔和な顔に温和な笑みを浮かべ、王は立ち上がる。異世界からの召喚者は、窓際に立ったまま、冷めた眼差しを向けてきた。慎重に表情を隠しながら、魔道士としての礼を取る。

    「ロジオン・ヴェセローフ、参上いたしました」
    「よいよい。カンザキキョウイチロウよ、こやつはな、魔道士ギルドの支部を預かる者なのじゃ。あるいはそなたの望みも叶えてくれるやもしれぬ」
    (なにを云い出す、くそじじい)

     とっさに眼を上げて、王を強くにらんだ。王は気づかなかったが、カンザキキョウイチロウとやらはしっかり気づいて、くるりと面白そうに表情を変えた。

     じゃあ、と、まだ少年と云っても差し支えのない召喚者は、にっこり笑って「よろしく」と告げてきた。ロジオンは困惑し、あいまいに微笑む。

     召喚者の少年らしい態度に、王はなにも感じていないのだろうか。少なくともロジオンは苦手意識を抱いた。――――罪悪感と共に。

    (立場上、よろしくするわけにはいかない)

     なぜなら召喚者とは、統一帝国時代からルークス王国に伝わる災いへの贄なのだから。

        *

     ルークス王国には、大いなる災いが遺されている。

     輝かしき統一帝国の、秘められた負の遺産だ。ルークス王国を建国した精霊たちに、ロジオンはしばしば問いかけたくなる。なぜ、災いをも受け継いだのかと。あるいは、なぜ、災いに対処するために、わざわざ異世界から人間を召喚して生贄として捧げなければならないのかと。

     だが質問をぶつける機会などない。

     精霊は南に広がる森に住まい、人間たちの前に姿を現さない。王族に伝わる秘密を教えられた今は、無責任だと感じる。災いを人間に押し付け、自分たちは穏やかな生活を営むのか。

     ロジオンは音を立てて、本を閉じた。『森に住まう、わたしたちの友』、精霊を知るために開いた本だったが、すでに題名から苛立たしい。

    「おいおい。ずいぶん苛立っているな」

     補佐役の男、レフが話しかけてくる。まあね、とあいまいに応えて、ロジオンは紅茶を飲んだ。む、と顔をしかめたが、そのまま飲み込む。風味が薄い。今度、茶の淹れ方を教えなければ、と考える。レフはまっすぐな気性だが、大ざっぱなところが欠点である。

    「それでレフ? 話したいことがあるって話だったね」
    「ああ。カンザキキョウイチロウの件だ」

     思いがけない名前を聞いて、眉を寄せた。召喚者は王宮で出会ってから、毎日のように魔道士ギルドを訪れている。抱いた苦手意識のまま、ロジオンは仕事に逃げていたが、他の魔道士が相手をしてくれているらしい。特に問題もないと感じていたのだが、なにがあったというのだろう。

    「あの少年、出来りを禁じるわけにはいかんのか」
    「どうしたんだい。なにがあった?」

     ティーカップから唇を離して続きを促せば、レフは難しい顔をしている。

    「わしは魔道士と云っても、さほど研究が好きじゃない。ただ、食っていくために魔道士になった類の人間だ。だから他の魔道士のように、カンザキキョウイチロウに傾倒できん。王が後見人だが、胡散臭いんだ、あの少年は」
    「ちょっと待ってくれ。傾倒?」

     初めて聞く話に、慌ててロジオンは事情を訊ねた。

     すると呆れたレフが教えてくれる。なんでも召喚者は自らの知識を伝授しているため、魔道士たちが彼のまわりに集まっているのだという。中には熱烈な支持者もおり、ギルドへの疑問も抱き始めた者もいるという。ロジオンは顎に指を当てて考え込んだ。

     王が示唆した内容は明らかだ。神殿の力では召喚者を帰還させられない。だが、魔道士なら可能かもしれない。残酷な行為と自覚しているのか、とにかく王は召喚者へそう告げた。おまえの望みを叶えられるかもとはそういう意味だ。だからロジオンは顔をしかめたのだ。

     結論から云えば、無理である。神殿に伝わっていたという、召喚術は統一帝国時代からの術であり、いまの魔道とは体系が異なる。それに今の魔道で、召喚者を元の世界に戻すなど、できるはずもない。そもそも世界を特定できるかどうか。召喚者だって、すぐにわかったはずだ。それなのに、なぜ魔道士と関わり続けるのか。

     いやな感触がある。ただ、同時に、ある提案が閃いた。

     身勝手極まりない提案ではあるが、少なくとも召喚者を他国へ逃すことができる。まったくこの世界にかかわりのない人間を、無為に生贄にしなくても済むのだ。災いへの代償は、自分たちが払えばいい。

    「おい、ロジオン?」
    「いまから王宮へ行ってくる。王に進言する。カンザキキョウイチロウを追放してくれと」
    「はあ?」

     補佐役が慌てふためいていたが、ロジオンは気が急いていて、それどころではなかった。

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