それでは資格を活用しましょう (18)

     ぽかり、と、瞳を開いた。それまであざやかだった場面、スィンの記憶は、いまは遠い。

     なにも考えないまま、なにもかも放り出して、キーラは身体を起こした。それでも魔道士として最後の欠片で、右手につないだスィンの手は放り出さない。まだまぶたを閉じて横たわっているスィンの様子を見れば、魔道の影響下にあるとよくよくわかる。キーラは視線をさまよわせ、ギルド長を探した。薄闇の世界に頼りになる人が、すぐに見つかる。

    「どうしたのじゃ、キーラ」

     わずかに困惑を含んだ声音で問いかけられ、キーラはかろうじて微笑んだ。

    「じいさま。いま、あたしがスィンから手を放しても魔道に影響ない?」
    「問題ない。が、なぜ、そんな顔をしておる?」

     気遣わしげな問いかけに答えないまま、今度はギルド長の隣に立つヘルムートを見た。

    「ねえ。アレクセイ王子は金髪じゃなかったの?」

     唐突な問いだったのだろう、ヘルムートも困惑した様子だったが素直に答える。

    「金髪だ。だからミハイルは金髪に染めた。……ただ、昔は、『灰虎』に預けられたころは、金茶色の髪だったな。成長に従って純粋な金に変わったんだ。そういうところは母親譲りだとアリョーシャは笑っていたよ」

     ああ、そういえば。まれに髪の色が変化する人もいると聞いたことがある。

    (じゃあ、間違いないんだ。あの子が、――――アレクセイ王子、……)

     キーラの記憶にある少年と。スィンの記憶にある王子は同じ顔をしていた。

     金茶色の髪に、気品のある顔立ち。やさしそうな雰囲気でありながら、外見を裏切る強い性格の持ち主だ。キーラの記憶とスィンの記憶では、多少、印象の違いが表れていたが、それでも見間違うはずがない。同一人物だった。

     本物のアレクセイ王子が、キーラの待ち続けていた少年だったのだ。

     もう、亡くなっている王子。一か月前に、殺されたという存在が、キーラの――――。

     微笑みを浮かべたまま、キーラはうつむいた。

     なんだろう。すごく衝撃を受けているのに、感覚がぼんやりとしている。

     スィンからそろそろと手を放し、立てた膝の上で顔をおおう。「キーラ」、ギルド長からの呼びかけが聞こえていたが、応えようという気持ちになれない。

     だって、どう説明したらいいのかわからない。どうしたらいいのか。それすら、わからない。

     ルークス王国で起きた出来事を説明しよう、頭の隅っこは確かにそう考えているのに、キーラは自分の記憶にしがみついている。麻痺するほど荒れ狂っている感情に振り回されている。

     ――――いつか会えますかね?

    (会えると思っていたの。信じてた)

     客観的に顧みたら、キーラがかたくなに信じていた根拠はあまりにも弱い。だがキーラは必ず会えると感じていた。会えないはずがない、だってあたしたち、約束したのだもの。意識しないまでも、全身でそう信じていた。盲信していた。会えない可能性など思いつかなかった。

     ――――思い出してみたら、少年ははっきりと確約したわけではない。ただ、キーラの意気込みを否定しなかっただけだ。あのときの少年は、本物のアレクセイ王子は、キーラと再会できない可能性をもはや感じ取っていたのだろうか。

    (ううん。……先走り過ぎ)

     感傷にとらわれ過ぎている。気づいたキーラは、ゆっくり身体を起こし、立ち上がった。

    「ごめん、じいさま。ヘルムート。スィンをお願いね」

    「キーラ、おぬし」

    「じいさま、結界を解いて。すぐに戻るけど、いまは、一人になりたいの」

     眼差しを向けないまま懇願すれば、ふっと防音結界が消えた。かすかににぎわいが聞こえる。キーラは歩き、それでもスィンを起こさないよう、気を付けながら扉を開けて部屋を出た。

     逃げるように歩き出す。スィンたちがいる部屋から、ひとりになれる場所を求めて。

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