ぽかり、と、瞳を開いた。それまであざやかだった場面、スィンの記憶は、いまは遠い。

 なにも考えないまま、なにもかも放り出して、キーラは身体を起こした。それでも魔道士として最後の欠片で、右手につないだスィンの手は放り出さない。まだまぶたを閉じて横たわっているスィンの様子を見れば、魔道の影響下にあるとよくよくわかる。キーラは視線をさまよわせ、ギルド長を探した。薄闇の世界に頼りになる人が、すぐに見つかる。

「どうしたのじゃ、キーラ」

 わずかに困惑を含んだ声音で問いかけられ、キーラはかろうじて微笑んだ。

「じいさま。いま、あたしがスィンから手を放しても魔道に影響ない?」
「問題ない。が、なぜ、そんな顔をしておる?」

 気遣わしげな問いかけに答えないまま、今度はギルド長の隣に立つヘルムートを見た。

「ねえ。アレクセイ王子は金髪じゃなかったの?」

 唐突な問いだったのだろう、ヘルムートも困惑した様子だったが素直に答える。

「金髪だ。だからミハイルは金髪に染めた。……ただ、昔は、『灰虎』に預けられたころは、金茶色の髪だったな。成長に従って純粋な金に変わったんだ。そういうところは母親譲りだとアリョーシャは笑っていたよ」

 ああ、そういえば。まれに髪の色が変化する人もいると聞いたことがある。

(じゃあ、間違いないんだ。あの子が、――――アレクセイ王子、……)

 キーラの記憶にある少年と。スィンの記憶にある王子は同じ顔をしていた。

 金茶色の髪に、気品のある顔立ち。やさしそうな雰囲気でありながら、外見を裏切る強い性格の持ち主だ。キーラの記憶とスィンの記憶では、多少、印象の違いが表れていたが、それでも見間違うはずがない。同一人物だった。

 本物のアレクセイ王子が、キーラの待ち続けていた少年だったのだ。

 もう、亡くなっている王子。一か月前に、殺されたという存在が、キーラの――――。

 微笑みを浮かべたまま、キーラはうつむいた。

 なんだろう。すごく衝撃を受けているのに、感覚がぼんやりとしている。

 スィンからそろそろと手を放し、立てた膝の上で顔をおおう。「キーラ」、ギルド長からの呼びかけが聞こえていたが、応えようという気持ちになれない。

 だって、どう説明したらいいのかわからない。どうしたらいいのか。それすら、わからない。

 ルークス王国で起きた出来事を説明しよう、頭の隅っこは確かにそう考えているのに、キーラは自分の記憶にしがみついている。麻痺するほど荒れ狂っている感情に振り回されている。

 ――――いつか会えますかね?

(会えると思っていたの。信じてた)

 客観的に顧みたら、キーラがかたくなに信じていた根拠はあまりにも弱い。だがキーラは必ず会えると感じていた。会えないはずがない、だってあたしたち、約束したのだもの。意識しないまでも、全身でそう信じていた。盲信していた。会えない可能性など思いつかなかった。

 ――――思い出してみたら、少年ははっきりと確約したわけではない。ただ、キーラの意気込みを否定しなかっただけだ。あのときの少年は、本物のアレクセイ王子は、キーラと再会できない可能性をもはや感じ取っていたのだろうか。

(ううん。……先走り過ぎ)

 感傷にとらわれ過ぎている。気づいたキーラは、ゆっくり身体を起こし、立ち上がった。

「ごめん、じいさま。ヘルムート。スィンをお願いね」

「キーラ、おぬし」

「じいさま、結界を解いて。すぐに戻るけど、いまは、一人になりたいの」

 眼差しを向けないまま懇願すれば、ふっと防音結界が消えた。かすかににぎわいが聞こえる。キーラは歩き、それでもスィンを起こさないよう、気を付けながら扉を開けて部屋を出た。

 逃げるように歩き出す。スィンたちがいる部屋から、ひとりになれる場所を求めて。