キーラはつくづく、厄介な人物だと感じる。
 理不尽な苛立ちを招く。侮ってはならない人物なのに、奇妙に軽侮の気持ちを抱かせる。面倒ならば無視すればよいだけだが、そうするにはためらいを感じさせる。妙に気にかかる。加えて、今回の件だ。本物のアレクセイ王子を知る、面倒な人物を見つけてきた。

 さて、アレクセイはどうするべきか。

 ――――もっとも簡単な方法は、魔道ギルドルークス前支部長を殺害することだ。ただ、これは賢明な方法とは云えない。むしろさまざまな要素を考慮に入れれば、最悪である。

 最良の方法もすぐに閃く。仲間として迎え入れればいい。ルークス王の信頼厚い人物だったのだ、アレクセイが偽物だと喧伝されても、反撃する人物として最適だろう。

 問題はどうやって迎え入れるか、だ。王の信頼厚い人物ならば、亡き親友への思い入れも深いに違いない。だから無条件でアレクセイに反発する可能性が高いのだ。

(それどころか、敵側に寝返る可能性もあるな)

 まあ、いずれにしても本人と出会ってからだ。すばやく結論を出し、アレクセイは重厚な扉の前に立つ。案内してきた侍女が室内にいる主の了承を得、しとやかに扉を開く。

 開かれた扉の向こうにある部屋は、意外なほど解放感あふれる部屋だった。

 部屋の中央に執務机が置かれ、背面には一面の窓が広がる。パストゥスの街を臨む部屋に対し、不用心だな、とアレクセイはなにげなく考えた。ただ、清々しい気持ちになれる部屋だ。各所に花が活けてあり、執務室でありながら、居心地の良さも感じさせる。

「ようこそ、アレクセイ王子。我が王宮へ」

 執務机から立ち上がりながら、パストゥス王がにこやかに微笑む。

 娘たちに受け継がれた琥珀色の瞳が、強い印象を与える。だが、立ち上がりアレクセイを迎えた姿を見て、意外に感じた。女王にふさわしい風格の持ち主だが、ひどく小柄だ。

「このたびはお時間を割いてくださり、ありがとうご」
「ああ、いい。堅苦しい挨拶など不要だ。そちらに座ってくれ、茶を用意させよう」

 無造作に手を振って、きびきびとした動きでソファセットに移動する。すらりとした身体に、動きやすく切れ込みを入れた、それでいて露出を抑えた上衣をまとっている。アレクセイは第一王女を思い出した。確かに親子だ、と感じさせる女性である。

 とりあえず薦められるまま、アレクセイは女王の向かい側に腰かける。じきに薫り高い紅茶がテーブルに置かれる。用意してくれた侍女に礼を告げれば、ふふ、と女王が笑う。

「ロイクの報告通りだな。アレクセイ王子はまったく、王族らしくない」
「わたしは図々しいですから、褒め言葉と受け取りますよ、女王陛下」

 さらりと応えながら、ロイクと云う名前に反応した。すぐに思い出した。ロイク・アベラール。あの、うっとうしい次期侯爵どのだ。なるほど、と納得している。あれがうっとうしかったのは、女王の命令もあったのか。女王はにやりと笑って、身を乗り出す。

「ほう? アレクセイ王子は王族らしくないと云われて喜ぶご趣味をお持ちか」

 いささか挑発的な言葉に、アレクセイは苦笑する。

「わたしはチーグルに育てられましたから。判断基準が少し変わっているのでしょうね」
「ならばそのまま傭兵として生きればよかっただろう。なぜ、王子として名乗りを上げることにしたのだ?」

 率直な言葉である。アレクセイはまっすぐに女王を見て、迷いなく口を開いた。

「故郷だからです」

 王族の義務だからだとか、耳触りの良い言葉を告げるべきかと一瞬、考えたが、アレクセイは亡き親友に擬態すると決めている。そして亡き親友ならば、このようなとき、嘘はつかない。するりと相手の懐に飛び込んで、本音を受け入れさせる。そういうやつなのだ。

(だからといって、おれに同じ芸当ができるとは限らないけどな)

 アレクセイは孤児である。だから特定の場所に、思い入れなどない。ルークス王国に対し、取り立てて覚える感覚もない。だが奇妙なもので、亡き親友の想いが、アレクセイの裡に宿っている。楽しそうに、懐かしそうに語られたルークスは、良い国だったのだ。

 少なくとも、亡き親友の意思に従って傭兵としての生き方を放棄しようとする程度には。

 ほう、と女王は相槌を打つ。琥珀色の瞳が、面白がるようにきらめく。

「帰りたいということか」
「それもあります。ただ、いまのルークスはわたしの知るルークスではない。だからこそ、わたしは故郷に帰らなくては、と考えています」

 ふ、と女王は笑う。紅茶を含み、鋭く切り出した。

「他の誰も、ルークス王国の開国を望まなくとも?」

 アレクセイは、すっと目を細めた。

 いま、女王は看過できない内容を告げた。仲間たちと分析した、ルークス王国の唐突な鎖国政策には、他国の思惑も絡んでいるのだろう、と云うその推測を思い出させる内容だ。

 どんな思惑なのか、アレクセイは知らない。後ろ暗い思惑だと察している。だが、それよりいまだ。いま、下手を云えば、自分を追い詰める状況だと気づいた。

 だが、ゆずっていい状況でもない。

「――――不穏であるならば、まだ見込みはあります。平穏であるなら、抜本的な改革が必要となるでしょう」

 亡き親友が云い遺した言葉が、『アレクセイ王子』の意思表示として口からすべり出た。
 なぜ、このタイミングでこの言葉を告げたのか。明確な理由はアレクセイ自身にもわからない。ただ、向かい合っているパストゥス女王はすっと表情を引き締めた。

 探るのではなく、ただ、はかる眼差しでアレクセイを見据えてくる。

 静かな心地で、アレクセイは女王を見返していた。なにを考えているのか。パストゥスを含む他国が、ルークス王国にどんな思惑を抱いているのか。まったく知らない。

 それでも、アレクセイは亡き親友を理解している。信じてもいる。一筋縄ではいかない、大馬鹿者。だが戦場において、あれほど油断ならない、頼りになる友は他にいなかった。

「――――アレクセイ王子は、なかなか油断ならぬ御仁のようだ」

 やがて女王は眼差しをゆるめて、そう告げた。『アレクセイ王子は』、アレクセイはその言葉に誇らしさを覚え、抑えきれず微笑みを浮かべた。ただ。

(おれは、)

 唐突に芽生えた自己主張を、戯言として捻りつぶす。一度定めた意志にそぐわぬ主張など、アレクセイには認めるつもりはないのだ。