「まあ、幽霊どのはこのまま我が王宮に滞在なさればいいだろう。無駄に広い王宮だからな。幽霊が一人くらいいたほうが、面白味があってちょうどいい」

 つまるところ、パストゥス女王はこの結論を伝えたかったらしい。アレクセイが厚情に対し礼を伝えたところで、女王との対談は終了となった。女王の夫君、美貌の宰相と短く言葉を交わしたのち、与えられた客室に戻りながら、アレクセイは考えに沈んでいる。

 ――――わたしに擬態し、ルークス王国を解放してほしいんです、ミハイル。

(おまえならどうする)

 彼の命を救い、代わりに逝ってしまった親友を想う。ルークス王国を強く想っていた、王子でもあった親友は、いま、この状況下において、なにをしようとしただろうか、と。

(……どうやらおれは、困惑しているらしい)

 当然ながら、語りかけに死者は応えない。今後、どうするか。これからの行動は、亡き親友から願いを委ねられたアレクセイが考え、答えを見つけなければならない。

 そうして導き出した答えは、あいつの願いに沿うものだろうか。

 アレクセイはなにげなく考え、苦笑した。混乱しているのか、思考がずいぶん弱気になっている。ルークス王国を解放してほしい。委ねられた願いは明確なのに、いまさら揺らいでいる自分が馬鹿馬鹿しい。

(あいつの答えなど、明らかだ)

 この状況ならば、あの大馬鹿者は間違いなくこう云うだろう。

 皆が真実、しあわせならば、それでいいのです。わたしはわたしの道を行きましょう。

 そう云って、今度こそ、王子としての自分を捨て、『灰虎』の一員として傭兵としての人生を選んだに違いない。想像でしかないが、確信している。アレクセイは唇をゆるめた。

(だから、現状把握をしなければな)

 ルークス王国でなにが起こっているのか。民はなにを望んでいるのか。亡き親友が望むまま、真実、しあわせなのか。
 見極めなければならない。亡き王子から願いを委ねられたアレクセイが、ルークス王国を直接、訪れることによって。

(キーラ)

 濃藍色の瞳をした少女を思い出した。
 彼女はまだ、『灰虎』への協力を拒んだままだろうか。無理強いするつもりはない。無為に傷つけるつもりもない。キーラが望むまま、マーネに返してやりたいとも考えている。

 だがそれでも、ルークス王国への侵入にキーラの力が必要ならば、――――。

「おお、もしやアレクセイ王子でいらっしゃいますか」

 唐突な呼びかけが、アレクセイの思考に立ち入った。

 眼差しを向ければ、貴族の青年が案内の侍女を押しのけて歩み寄るところだった。記憶にない相手である。ひと目見て、軽薄そうな男だ、と感じた。普段であれば、興味も持てない対象だ。やたらと飾り付けの多い服装をまとっており、大げさな動きが目につく。

「失礼、わたくし、シャルル・ド・バシュラールと申します。姫さまの、」
「アレクセイ王子!」

 バシュラールと名乗った青年がうだうだと話し始めようとしたとき、さえぎる声があった。今度は聞き慣れた声による呼びかけだ。バシュラールはあからさまに顔をしかめ、新たに現れた人物、アベラール次期侯爵どのに不快そうな眼差しを向ける。

「よかった、まだ、ここにいらしたか。……バシュラールどの、申し訳ないがいいだろうか。宰相閣下からの言葉をお伝えしたい」
「あ、ああ、もちろんかまいませんとも。ではまた、アレクセイ王子」

 ぶん、と音を立てそうな勢いで一礼すると、バシュラールはずかずかと立ち去る。興味は持てないが、面白そうな人種である。喜劇にも登場できそうだ、と、考えていると、アベラール次期侯爵は息をついた。

「間にあったか。アレクセイ王子、あなたも少しは気を付けてもらわなければ困る」
(なにをだ)

 反射的に平坦な眼差しを向けると、逆に、呆れられた眼差しを向けられた。

「いまの男は王女たちの婚約者候補だ。新たに出現した強力なライバルに牽制するために来たんだ」

 アレクセイは驚きに目をみはった。さすがに想定外の事態だった。