(なかなかしつこいな)

 いま、アレクセイの手元には五枚の紙片がある。話がある、明日の早朝、礼拝堂に来てほしい。まったく同じ文章の紙片は、毎晩、寝室の机に置かれている。つまり五日間、アレクセイは無視し続けているのだが、紙片をよこした人物にあきらめる様子がない。この調子では、今夜もありそうだ。いい加減、こちらの思惑に気づけよ。正直な本音である。

(しかしこいつ、毎朝、礼拝堂でおれを待ちかまえているのか?)

 ご苦労なことだな、と、心の内で呟いて、さりげない動作で控えている侍女を見た。彼女たちのなかに、この紙片を忍ばせている人物がいる。事実を認識しながら、アレクセイの視線に気づいた侍女に茶の用意を頼んだ。そろそろ仲間たちが訪れる時間だ。

 五枚の紙片を上衣のかくしにしまいこむ。五日間続いている呼び出しを、アレクセイは仲間たちに打ち明けていない。すでに別件を依頼しているのだ、これ以上は負担だろう。

 だがそれはアレクセイにとっても同じだ。パストゥス王宮で、ただ、無為に過ごしているわけではない。仲間たちによって持ち込まれた情報を整理し、ルークス王国への侵入方法を探る傍らで、次々と訪れる各国の使者たちとの交渉も進めている。手出ししたがっている各国を、穏やかに忍耐強く、適度な助力を引き出しながら説得する作業は、なかなか骨が折れる。最近は寝酒をたしなむ時間もなく、寝台に潜り込むパターンが多い。

(だからいま、うさんくさい呼び出しにかかわっている暇はないんだよ)

 とはいえ、このまま放置することも問題か、と窓からパストゥスの街並みを眺めながら考えているうちに、なじんだ気配が近づいてきた。ふっと思考を中断させて、アレクセイは振り返る。同時に、扉が無造作に開かれた。

「よーぉ、アレクセイ。今日も元気かー?」
「おかげさまで」

 今日は大人数である。アーヴィングにチーグル、それから副団長のヘルムートに、魔道士ギルドの長、初めて見る赤い髪の青年、そして、キーラだ。船で別れて以来の再会となる。

 あざやかな濃藍色の瞳を、まっすぐにアレクセイに向けているから、奇妙に心が騒いだ。

 とはいえ、なにをどう云えばいいのか。別れ際の物言いたげな瞳が脳裏によみがえる。だからほんのわずか、ためらっているうちに、キーラが微笑んで口を開いた。

「おひさしぶり、王子さま。その節はご心配をおかけしました」

 悪戯っぽい響きに、どこかで張りつめていた緊張がほどける。浮かべていた微笑を苦笑に変えて、「まったくですよ」と応えた。キーラを心配した記憶はない。転送の瞬間を見届けたアレクセイには、キーラが自分の意思で敵について行ったと理解していたからだ。

 敵に回るかもしれない。疑いを抱えて、キーラの思惑を探るために何度も想いを馳せた。けれど心配していたわけではない。――――ただ、わざわざ云わなくてもいい内容だろう。

 あらためて、キーラを眺める。

 離れていた期間は、そう長い期間ではない。つらい目にもあっていなかったようで、不自然にやつれた形跡もない。別れたときのままの姿だ、なにも損なわれていない。半ば無意識に息をつきながら、アレクセイはそれでもキーラの小さな変化に気づいていた。

 瞳だ。どこまでも明るかった瞳に、深い翳りが落ちている。いま、キーラは微笑んでいる、だが、以前の明朗快活な様子とは少し様子が異なっている。

(なにがあった?)

 いぶかしく感じていると、すっとキーラが動いて赤い髪の青年をアレクセイの前に押し出した。気遣わしげにキーラを眺めていた青年は、ぐいぐい背中を押すキーラを振り返って、だがしかたなさそうに息を吐いて、アレクセイを正面から見据えた。

 見定める眼差しだ。アレクセイも思考を切り替えて、まっすぐに青年を見返した。アレクセイと同年代か、あるいはもう少し年長か。やわらかな雰囲気をたたえていながら、芯の強さも感じさせる人物だ。「おひさしぶりでございます」、印象通りの声が聞こえた。

「アレクセイ王子。よくぞこの十年、ご無事でいらっしゃいました。ロジオン・ヴェセローフ、再び会えたことを心から喜んでおります」

 アレクセイは微笑んだ。
 名前だけは聞いていた。目の前の青年が、かの魔道ギルドルークス前支部長なのだ。