間章 (12)

     人が悪いな、と考えた。仲間たちに対しても、目の前の青年に対しても。

     ただ、困惑はない。ルークス王から信頼されていた人物は、アレクセイの前に、友好的な笑みを浮かべて立っている。それがすべてだ。偽物王子に協力する、と無言で示している。青年がそう決意した経緯を知らない。それでも懸念が消えた事実を、いまはありがたく感じた。

    「ロジオンも無事でなによりです。この十年、どちらに?」
    「精霊の里に。恥ずかしながら、記憶を失い、精霊たちに世話になっていました」

     律儀なことに、立ったまま応える青年に、着席を薦める。
     ちなみに仲間たちは薦めるまでもなく、勝手にそれぞれくつろいでいる。初めて王宮を訪れたはずの、ヘルムートやギルド長もだ、まったく遠慮がない。ただ、キーラはためらいがあるようで、ロジオンが腰かけて、ようやく動いた。ちょこんとギルド長の隣に座って、心配そうにこちらを眺めている。

    (本当に、なにがあったのやら)

     見知らぬ人物が唐突に現れた事実には困惑しなかったが、キーラの態度がまるで変わっている事実には戸惑う。彼女がアレクセイに好意的であった期間は短いし、アレクセイもことさら彼女にやさしくした記憶もない。だから正直に云えば、キーラの変化は不思議だ。

     だがいまは、とにかく目の前の、魔道ギルドルークス前支部長だ。

     キーラに対する疑問などおくびにも出さず、アレクセイはロジオンを見た。

    「記憶を? ロジオン、十年前、あなたの身にはなにが起きたのです?」
    「それをお話ししなければ、と、こちらにうかがいました。あのとき、殿下はなにも知らされないままでしたが、いまの殿下はすでに成人されているのです。王家の秘密を、お話ししてもかまわないでしょう」

     人払いを、と低い声で囁かれ、侍女をさがらせた。
     とはいえ、この部屋からいなくなった、と云うだけだ。隣室から盗み聞きされる恐れがある。
     それでもロジオンは表情を和らげて、ちらりとギルド長を見た。頷いたギルド長はなにかをしたのだろうか、ふと空気が変わった気がした。

    「消音結界よ。この部屋で話した内容を、だれにも盗み聞きできないようにしたの」
    「なるほど。魔道とは便利なものですね」

     キーラに教えられ、外からの聞こえていたささやかな音も消えた事実に気づく。
     改めてロジオンを見た。だからといって、態度が変わっていない青年の眼差しは、どこまでも誠実でまっすぐだ。アレクセイはためらい、だが、云わなければ、と口を開く。

    「すまない。おれはアレクセイを守れなかった」

     驚いたように、茶褐色の瞳が見開かれる。まじまじとアレクセイを見つめて、やがて苦い笑みを唇に浮かべた。まぶたを伏せた青年は、やがてぽつりと云う。

    「きみを責めるつもりはありません。友を守りきれなかった苦しみは、わかります」

     ただ、そうとだけ、告げた。アレクセイもまぶたを伏せた。
     なにも云えない。これ以上、なにかを云うべきではない。沈黙が落ち、だが感傷を強引に吹っ切るように、ロジオンが息をついた。

    「これからの話をしましょう。アレクセイ王子、ルークス王国を解放したいと真実、お望みならば、あなたはあの国にある災いと向き合わなければなりません」
    「災い?」

     云いながら、まわりの仲間たちの反応に気づいた。動揺がない、すでに知っている反応だ。

     仲間たちの引き締まった表情を視界に入れて、アレクセイも唇を結ぶ。災い。剣呑な響きだがあいまいな単語である。だからこそ、魔道士たちは敵ではないのだと気づかされた。

     亡き親友、――――本物のアレクセイ王子を殺した人物は魔道士だと教えられただろうに。
     アレクセイの困惑を見通したらしいロジオンは、ゆったりと首を振った。

    「ルークス王国には、統一帝国時代から伝わる負の遺産があります。この世のあらゆる生命体よりも貪欲に、魔道の力をむさぼろうとする、黄金(きん)の女帝の肉体があるのです」

     わたしはそれに、魔道士としての能力をすべて喰らい尽されました。

     そう続けたロジオンの口調には苦味だけではない、恐怖も含まれていた。

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