黄金きんの女帝の『肉体』……?」

 半信半疑の響きで、アレクセイは呟いた。
 黄金きんの女帝がなにものであるのか、さすがに知っている。はるかいにしえ、アダマンテーウス大陸を統一した女傑だ。大陸を統一しただけではなく、魔道士を生み出した、すべての種族と友誼を結んだ、別大陸への探索を企画した、などと、さまざまな功績が現代まで伝えられている。あまりにも突出した存在であったため、彼女の死と共に、統一帝国も終焉を迎えたという、実在を疑われることすらある存在だ。

 だが、それがどうした、と感じた。とっくに亡くなっている存在だ、肉体だって火葬されたか土葬されたか、いずれにしてもとうに朽ちて世界に還っているはずだろう。

 そう云えばロジオンは再び首を振った。

「女帝の肉体は、世界に還れません。なぜなら彼女が没したのち、肉体が朽ちることがないよう、臣下が永続の魔道をかけたからです。ただの人間であれば、腐敗しないという現象に留まったのでしょうが、……黄金きんの女帝は竜族最後の生き残りであったため、永続するために魔道の力をとりこもうとする現象が現れたのです。つまり、女帝自身はすでに亡くなっているにもかかわらず、肉体が勝手に動き、魔道士を襲うようになりました」

 黄金きんの女帝が、それこそ伝説上の生物、竜族の生き残りであったとは驚きだ。

 そう考えながら、アレクセイはロジオンを促した。ふわふわとした、たよりない幻想の話を聞いている感触があるのだが、それでも最後まで話を聞いたほうがいいだろう。

「結果、魔道士たちは次々と女帝の肉体に能力を食われました。自ら引き起こした事態に追いつめられた臣下は、これ以上の犠牲を出さないために、異世界から人間を召喚し、災いと成り果てた黄金きんの女帝の肉体に、捧げることにしたのです。異世界の人間は、魔道士の祖。だからこそこの世界の魔道士より、より凝縮された魔道の力を災いは取り込める、凝縮した魔道の力を取り込めば災いはおとなしくなる、と考えたのです。効果はありました。そうして災いを受け継いだルークス王家は、しばしば異世界より人間を召喚し、災いに生贄として捧げてきたのです。――――捧げたのち、異世界人が廃人となって死んでいく結果に目をつむりながら」
「……勝手な話ですね」

 正直な感想を口にすれば、ロジオンはまじめな表情で「ええ」とうなずく。溜めていた息を吐き出して、アレクセイは久々に覚えた嫌悪感に顔をしかめた。

 勝手な話だ。もう一度、今度は心の中で呟く。死体に永続の魔道をかけると云う発想も嫌悪の対象だが、よりにもよって、失敗の後始末を無関係の人間に押し付ける発想も気に食わない。問題を先送りにしてどうする、と、かの臣下とやらを罵り倒したい気持ちだ。

 見回したら、仲間たちも同じ感想を抱いているようだ。アーヴィングは眉を寄せているし、チーグルとギルド長は呆れた表情を隠さない。ヘルムートはいつも通り。キーラはといえば、顔をしかめながらしっかり茶菓子をつまんでいる。奇妙におかしく感じて、アレクセイは唇をゆるめた。

 アレクセイも紅茶を飲み、息をついた。ルークス王国王子として、その災いとやらをアレクセイが対処しなければならない、と云う一事が、ずしりと見えない負担となった気がする。いいや、間違いなく負担になった。

 しかし同時に、いぶかしく感じていた。ロジオンはなぜ、この状況で災いについて打ち明けたのだろう。確かに重大な話ではある。だが、いま、ルークス王国に侵入しようと云うときに、話さなければならない内容だろうか。

 アレクセイの疑問に答えるように、ロジオンはさらに言葉を続けた。

「ルークス王家は十年前、活動を始めた災いに対処するため、異世界よりカンザキキョウイチロウと云う少年を召喚しています。そしていま、どういう経過なのか、詳細は不明なのですが、生贄として召喚されたはずのカンザキキョウイチロウがルークス王国の中枢にあり、かの国を動かしているようですね。どうやら野心家の王弟閣下を利用したようです」
「つまり、生贄として召喚した少年に国を盗られた、と云うわけですね」

 穏やかに云えば、ロジオンは苦笑して「ええ」とうなずいた。

 さて、どうする。思案に沈もうとしてあごをつまんだとき、がさりと上衣のかくしで紙片が音を立てた。こちらの問題もあったな。思い出したアレクセイは息をついた。