紙片に指名されている礼拝堂は、パストゥス王宮において異彩を放っている建物だ。
 数代前に迎えた王妃のために用意された建築物なのだが、現在は宗教上の理由から使用する者もおらず、無造作に放置されている。王宮内にある建物には違いないから、最低限の手入れはされている。だが、さびれた印象ばかりはどうしようもない。

 朝もやが漂うなか、アレクセイは礼拝堂を見上げていた。扉は鍵と鎖とで厳重に封印されているから、中に入れそうにない。だから指名された場所は、正確には礼拝堂の外、重厚な扉の前になるのか。確かに通行人が少ない場所だろうが、外には違いない。後ろ暗い呼び出しだろうに、奇妙に大胆だ、と考えていると、土を踏みしめる音が聞こえる。

 ようやくお出ましか。アレクセイが視線を動かせば、一人の青年が礼拝堂に近づいていた。レースにボタン、コサージュなど、ごてごてと飾り付けが多い服を着ている。

「ようやくわたしの呼び出しに応じてくださったのですね、アレクセイ王子」
「あなたの熱意に、感銘を受けまして」

 短く応えるルークス王子に、青年はおおげさな一礼で応える。

「いっときはあきらめようかと思ったのですよ。しかしこの話は、わたしと王子、二人に益があるお話です。あきらめるにはあまりにも惜しい」
「興味深いですね。あなたがなぜ、わたしの懸念をご存じなのか、知りたいところです」
「ふふふ。わたしは、対外治安総局につてがあるのですよ。ですから王子の懸念、ルークス王国が、我が国をはじめとする諸国に押し付けられている物件も存じております。まったく、我が女王陛下も宰相閣下もなにをお考えなのか。いくらあれの処置に困ろうと、いかに小国であろうと、れっきとした他国に押し付けるとは、ああ、わが国も落ちたものだ」
(なにげに無礼なやつだな)

 アレクセイは平坦な眼差しで青年を見つめたが、当然ながら、自分の語りに夢中になっている青年は気づいた様子もない。だんだんと朝もやが晴れていく。ろうろうと青年の主張が続く。時間の無駄だ。思わず呼び出しに応じた判断を悔やんでいると、青年はようやく落ち着き、ルークス王子を見た。

「であるからこそ、王子のご心痛を和らげようとこちらに参りました。わたしがマリアンヌ女王の夫君となった暁には、ルークス王国への不当な扱いを停止すると誓約しましょう」
「おっしゃる意味が、よくわかりませんが」
「おやおや。聡明な王子殿下のお言葉とも思えません」

 揶揄の言葉をぶつけて、青年はずずい、とルークス王子に顔を近づけた。つくづく無礼な男だ。顔をしかめて、アレクセイは、腰に佩いている剣のさやに指を触れた。そんな動作に気づきもしない青年のささやきが、アレクセイの耳に届く。

「わたしがマリアンヌ王女の夫君となる手助けをしていただきたいのですよ。あなたはかの最強傭兵団『灰虎』を配下においてらっしゃる。その力を、わたしのために使っていただきたい。邪魔なパストゥス女王と宰相、ロズリーヌ王女を殺害し」
「そしてあなたは、恩あるパストゥス王家に刃を向けた人物としてわたしを捕らえ、いちやく、パストゥス王国の英雄となるつもりですか。三流作家が考えそうなあらすじですね。王女たちへの襲撃と云い、もう少し、洗練されたあらすじを考えられないのですか」
「な、」

 茂みから現れた(・・・・・・・)アレクセイが云い放てば、愕然とした様子で青年がこちらを見る。ルークス王子が、呆れた表情でアレクセイを見た。短気にもほどがある。自分と同じ顔がそう告げていたが、アレクセイに続いて茂みから現れた人物が、嫌悪を隠さずに告げた。

「云わせてもらうが、わたしは弱い男がきらいだ。剣の腕もそうだが、頭のつくりが弱い男もな。おまえ、本当に、自分の陰謀がうまくいくと思っていたのか?」
「マリアンヌ王女? それに、アレクセイ王子が、二人……っ」
「キーラ、もういいですよ。魔道を解いてください」

   青年の傍にいた、ルークス王子が軽く肩をすくめた。一瞬だけ、その姿がぶれる。思わずまたたいた次の瞬間、現れた人物は紫衣の魔道士、キーラ・エーリンだ。同時に、繁みに隠れていたパストゥス近衛兵が姿を現した。ようやく事態を理解したのか、貴族の青年は青ざめた顔でアレクセイを見据えた。

「あなたは、あなたは、わたしを謀ったのかっ」
「お互いさまでしょう。あなたもわたしを謀るつもりだった。あなたの命令を受けていた侍女が、すべて話してくれましたよ。寝物語に、陰謀を語るべきではありませんでしたね」

 冷ややかに云い放てば、ぐっと青年は言葉につまり、よりにもよって、傍にいたキーラに掴みかかった。傍観の姿勢でいたキーラは、あっさりと青年の腕のなかにおさまる。ぐ、と喉元を締め付けられたキーラを見て、マリアンヌ王女が息を呑んだ。とっさにアレクセイは剣の柄に触れた。だが向けられたキーラの眼差しに、ゆっくり手を放す。手を出さなくていい、紫衣の魔道士はそう云っている。

「ふ、ははっ。この女の命が惜しければ、」

 青年の言葉は無様に途切れた。キーラの手が素早く動き、青年を投げ飛ばしたのである。どしん、と地面が揺れた。青年の手首を捕らえたまま、呆れたようにキーラが云う。

「あのね、お坊ちゃま。人質にするならするで、せめて相手を選びなさいよ。あたしが紫衣の魔道士だって、見ればすぐにわかるでしょうが」

 せっかくの忠告だったが、目を回した青年には届いていない。近衛兵が駆け寄り、キーラの手から青年を受け取った。意識を失った青年は厳重に縛られ、牢屋に運ばれていく。

 なんともお粗末な顛末であるが、とにかくこれにて、呼び出しの件は解決したのである。