災いを滅ぼすまで、と、期間を限定した約定とはいえ、アレクセイとスキターリェツは協力し合うと決めた。ならば次の段階として、それぞれが集めた情報を交換するべきである。そんな考えに基づいて、キーラたちはルークス王国とパストゥス王国の国境を抜けて、いちばん最初にたどり着いた集落にある、宿泊施設の一室に集まった。

 もっとも辺境近くの小さな村である。すべての兵士、すべての傭兵が施設に宿泊できるはずもなく、ヘルムートとスキターリェツについてきていた魔道士(さぞ苦労しているだろう)が兵士たち傭兵たちに指示を出して、集落近くの盆地に天幕を張ったようだ。諍いが起こるのでは、と云う一抹の不安はあったが、スキターリェツもアレクセイも、それぞれ、いまの状況を説明し、納得させていた。そのときは素直に感心したものだ。だが。

「しかたないとはいえ、あなたと向き合わなければならない状況には、抵抗を覚えますね」
「そうだねえ、よくわかるよ。なぜなら僕もまったく同じ気持ちだから。うんざりだよね」

 暫定会議室に入り、とりつくろう必要がなくなったとたん、二人は舌戦を始めたものだから、キーラは呆れてしまった。まあ、必ず殺す、とか、覚悟しておくんだね、とか、激しく反発し合っていた二人である。しかたないのかもしれないが、状況が状況だ。犠牲を出しながら災いを鎮めている状況で舌戦に明け暮れていいのか、と感じるのだ。

 だからキーラは、こほんこほん、と咳払いしてみた。しかし音量が控えめだったらしく。

「そういえばさ、世間にはこういう言葉があるよね。『話し合えば、必ず分かり合える』、きみはどう思う? ちなみに僕は、えーうそだー、と考えるようになったんだけど」
「正しいと思いますよ。『話し合えば必ず、こいつとは分かり合えないと、分かり合える』、そう云う意味ではありませんか? まさしくわたしが実感しているところです」

 二人の青年は見事に聞きやしねえ。だれか止められないかと見渡せば、それぞれの表情で二人を眺めるばかりだ。困った表情を浮かべたロジオンやチーグルはともかく、にやにや笑っているアーヴィングにギルド長はなにを考えているのだ。状況がせっぱつまっているのに、と苛立ちながら、キーラは二人に視線を戻した。両者ともにこやかな表情を維持しているが、眼差しがしっかり冷ややかだ。正直に云えば、不気味である。

「ああ、なるほどー。いやっ、見事にひねくれた解釈だね。さすがは偽物王子さまだ。善意と和解とか、そういう可能性を信じている人が涙を流して喜ぶほど、斬新な解釈だよ」
「いえいえ、お褒めいただくようなことではありません。単に、異世界出身の魔道士どのが、物事を単純に捉えているだけでしょう。さすが、傍若無人な提案をなさったかただ」

 しかし手をこまねいてはいけない。そもそも咳払いと云う控えめな止め方をしようとした自分が悪かったのだ。見極めたキーラは、ばん、と、テーブルを叩いて怒鳴った。

「うるさい! 二人とも、そんなにお互いに夢中なら外に出ていなさい!」

 するとぴたりと舌戦がやみ、なんとも云い難い表情で二人はキーラを振り返った。

「……キーラ」
「……その表現はやめてくれないかな。鳥肌が立った」

 それぞれ言い分はあるようだが、とりあえず静かになった。キーラはきぱきぱ、全員を丸テーブルに座らせ、ついでに用意しておいた、茶が入った器を一同の前に置いた。キーラ自身もロジオンとチーグルの間に座り、まず、スキターリェツを見た。

「まず、災いがどこにいるのか、確認させてもらうわよ。王宮の地下施設にいるのね?」
「まあね。――――統一帝国時代に用意された施設らしいよ。少なくとも、いまの技術ではあそこまで深い場所まで掘削できない、ってだれかが云ってた」

 もっとも、と、器をもてあそびながら、スキターリェツは続ける。

「いまは、王宮と地下施設を隔てている扉は開いてる。十年前、親愛なる王弟殿下がお開けになったんだよ。ヴェセローフさんは知っているよね?」

 スキターリェツに話しかけられたロジオンは、とんとん、とこめかみを叩いて記憶を探っている。正確に応えなければ、と考えたのだろう。ぽつりぽつり、途切れがちに告げた。

「扉は異世界人を捧げるときに開かれる。……王と第一位王位継承者だけが、扉の鍵を所有していると聞いていましたが、――――たしかに十年前、扉は空いていたが――――、あれは王弟殿下が開けたのですか? ……王弟殿下はどうやって開けたのです?」
「ああ、そこまで知らないか。つまり、鍵はふたつあるんだ。王弟殿下は王が所有する鍵を奪って、十年前、どこかの魔道士ギルド支部長さんが、災いのところにたどりつけるよう、扉を開けたんだよ」
「……王がお亡くなりになられたとき、か」

 思い当たった事実に、ロジオンは苦くつぶやいた。キーラは魔道を通して視て知った、ロジオンの記憶を改めて思い出す。

 十年前、いちばん最初に起きた出来事は、軍を掌握した王弟による王位簒奪だ。

 ロジオンが王に会いに来た、という名目で、寝室にさがっていた王を呼び出し、殺害したのだ。王とロジオンが、目覚めようとしていた災いを、本当に消滅させようとしている。ロジオンの行動からそう信じた王弟は、二人の名声が高まり、兄王の治世が揺らがなくなる事態を忌避したのである。アレクセイ王子の暗殺に失敗した事実も、王弟を追いつめていたのだろう。だからこそ、もともと軍の支持を集めていた王弟は兄王殺しを実行した。

 ただ、王弟の誤算はふたつあった。

 ひとつは、同時に殺害するつもりだったアレクセイ王子が、すでに『灰虎』に預けられてルークス王国より逃がされていたこと。もうひとつは、ロジオンが、本当に、王に会うために王宮を訪れ、王の殺害現場に居合わせたことだ。

 スキターリェツが、さらに補足した形で、十年前の出来事をアレクセイらに話した。

「あのとき、王弟殿下はロジオンが王さまの傷を癒すんじゃないかって考えて、兵士を連れて王さまの部屋に戻ったんだ。二人を今度こそ殺すためにね。でも王弟はヴェセローフさんが王宮に来た意味を誤解した。災いを退ける方法を見つけるまで参上するな、と命じられたヴェセローフさんが王宮に来たのは、方法を見つけたからじゃないかってね。王位が欲しいが、英名も欲しい。だから兵士たちにヴェセローフさんの足止めを命じ、自分は王から奪った鍵、きみたちが持っている王位継承者の証と対になっている、琥珀で出来た王者の証を使って、扉を開けたんだよ」
(琥珀で出来た王者の証)

 アレクセイが亡き王子から受け継いだ琥珀の紋章が、統一帝国時代の施設の鍵ではないか、とヘルムートと話し合った記憶がある。推測は正しかったわけだ。

「なぜ、おまえさんはそこまで細かく知っておるのかのう?」

 素朴な調子でチーグルが問えば、あっさりとスキターリェツは応えた。

「ああ。だって王弟殿下ってば、王さまを殺したあと災いに捧げるために、僕を連れ回していたからね。その場にいたんだよ。王さまが殺されたときも、扉を開けたときも」
「……なんとも、えぐい話じゃのう……」

 まったくだ。顔をしかめながら、今度はキーラがロジオンに訊ねる。

「そういえば、どうしてあなた、王宮に行ったの? 王宮への参上を禁じられていたんでしょう。さらに災いを退けるために、研究一直線だったはずよね?」
「手紙が来たんだ。今夜、王弟が王に危害を加える、と。さすがに駆けつけないわけにはいかないだろう? ――――もしかしたら、あれはきみがよこしてくれたのですか?」

 ロジオンの問いかけに対し、スキターリェツはほのかな苦笑を浮かべ、「役に立たなかったけど、魔道士に頼んでね」と、肯定した。ロジオンはかすかに首を振った。沈黙が落ちたが、ずっと考えに沈んでいたアレクセイが閉じていた瞳を開いてスキターリェツを見た。

「いささか、理解に苦しみますね」
「なにがだい?」
「鍵はふたつあるのでしょう。それならば叔父上が奪った鍵で、地下施設の扉を閉じることもできたはずです。なぜ、そうしなかったのですか?」
「ああ、それはね。――――実際に見てもらったほうがいいかな」

 云いながらスキターリェツは上衣を探り、琥珀で出来た紋章を無造作に取り出した。

 アレクセイが持つ、王家の紋章と同じ意匠だ。彼も首筋に手をまわし、亡き王子から委ねられた紋章を取り出した。二人とも、テーブルに並べて紋章を置いた。一同が見比べる。キーラものぞきこんで、ふたつの紋章の違いに気づいた。最高神の使者アクィラを模した、ふたつの芸術品は、並べてみたら向かい合っている。顔の向きが違うのだ。

「こちらの王者の証が扉を開けるためのもの、そちらの王位継承者の証が扉を閉めるためのもの。それぞれ役目がちがうんだよ。もっともこの事実は、あのとき、王弟殿下が扉を閉めようとしてもできなかったから、わかったことだけどね。あいつ、ヴェセローフさんを地下施設に誘導したあと、扉を閉めようと考えたのさ。でも出来なくて、大慌てしてた。アレクセイのやつが知っていたのかどうか、僕は知らない」
「……アリョーシャは知らなかった、と思いますよ。だからわたしに、紋章を護れ、と云い遺したのではないでしょうか」

 静かな調子でアレクセイが云い、手を伸ばして王位継承者の証を取り上げた。スキターリェツも同じように王者の証を取り上げ、ぽい、とアレクセイに向けて放り投げた。パシッと反射的な動きで受け止め、いぶかしそうな眼差しでスキターリェツを見る。

「あげるよ。『アレクセイ王子』が持つべきものだろ」
「……いまのルークス王は、叔父上だったと記憶していますが?」
「ああ、僕も最近知ったんだけどね。王弟殿下はどうやら、正式に退位なさるらしい」

 どうでもよさそうな、スキターリェツの言葉だった。
 アーヴィングとヘルムートが視線を交わし合う。アレクセイはすっと目を細めて、スキターリェツを見据えた。ロジオンは煙に包まれたような顔で、首をかしげて訊ねた。

「王弟殿下は、その、まだご存命か? てっきり亡くなられたのではないかと」
「生きてるよ。だってそのほうが、都合がいい。他の国と交渉するときも、新しい政策を公表するときも、王さまの名前でやったほうが、だれの目にもわかりやすいだろ」
「待って。いまのルークス王国は、ギインナイカクセイだって、あなた、云ってたわよね?」

 とっさにキーラが口をはさむと、スキターリェツは少しだけ嬉しそうに微笑んだ。

「覚えていてくれてたんだ」
「失礼ね、あたしは魔道士なんだから簡単に忘れないわよ。皆で政治の方向を決めてる、って、云ってたわよね。いまの言葉と矛盾してない? それにそもそも、他の国に文書送ったじゃない。王制を廃止して、民に政権を委ねるって!」
「……なんだい、それ。僕は知らないけど」

 はっきりとスキターリェツは眉を寄せた。いつもよりずっと素直で無防備な反応、スキターリェツが見せた率直な驚きは、本当に知らないのだ、と、この場にいる面々に教えた。