しばらく、沈黙が続く。
 互いの意図を探り合う、少しばかり、居心地の悪い沈黙だ。じっとキーラを見つめていたスキターリェツはやがて、息をついた。むずかしい顔をして、考え込んでいる。

「どうやら、おぬし。仲間にいいように使われているようじゃな」

 口火を切った人物は、魔道ギルドの長だ。ちらりとスキターリェツはギルド長を見返した。そういえば、と、キーラは気づいた。ギルド長はずっとスキターリェツを観察していたが、話しかけたのはこれが初めてだ。それにしてもいささか意地の悪い第一声である。

 思わずハラハラしながら眺めていると、に、と、スキターリェツは強気に笑った。

「どうやらそうみたいだね。今回、僕がアレクセイ王子たちに協力を求めに行く、と云ったときに護衛として兵士たちとマラートをつけてくれたけど、……彼らは、見張りでもあったんだろう」

 あっけらかんと続けたが、後半部分、推測を告げるとき、声がわずかに震えた。ロジオンは「いや、そうとは限らないのでは、」と否定しかけたが、アレクセイが首を振って制した。

 キーラはどういう反応を示せばいいのか、わからなかった。正直に云えば、混乱している。先の文書、パストゥス王国をはじめとする各国へ送られた文書は、スキターリェツの指示で出されたものではなかったのか。ただ、同時に、納得している部分がある。

 なぜなら、以前に考えた。いまのルークス王国は鎖国しているから維持できている、と。

 スキターリェツがそんな事実に気づかないはずがないのだ。はたして、スキターリェツは呆れたように笑っている。まいったなあ、とスキターリェツは明るい声で云った。

「あいつら、他の国に、そんな文書を送ったのか。莫迦なことを。そんなことをしたら、議院内閣制は叩き潰される。この世界にはまだ、民主制度を生み出せる時機が来ていないんだ。必要物資やモルスを運び込む際に、不穏分子をもぐりこませるなんて簡単なのに。いまだってすでに、もぐりこんでいるやつらはいるのに……」
「つまり、今回の文書に、あなたはからんでいないのですか」
「僕は政治的な役割を得ていない。生まれ故郷の知識を与えるアドバイザーと云う立場ではあるけど、あくまでも神殿に属する色なしの魔道士だ。そういう面倒くさそうな役割は、他の連中、つまり魔道士ギルドの連中に任せている」

 鋭く息を呑む音が重なった。キーラとロジオン、二人の反応だ。

 おそるおそる、二人は顔を見合わせた。青ざめた互いの顔を見出して、いまの言葉が聞き間違いではないと確認し合う。“政治的な役割は魔道士ギルドの連中に任せている。”

 さらにキーラは、ルークス王国において、いま、魔道士ギルドを預かっているレフの言葉を思い出していた。出会ったとき、いちばん初めにぶつけられた言葉だ。

 ――――ギルドの方針には従わないんじゃなかったのか。

「……どうやら、魔道ギルドルークス支部は、魔道ではなく政治の研究に、夢中になっておるようじゃの。それだけではない、どうやらずいぶん、調子に乗っておるようじゃ」

 低い、いささか低すぎる声で、ギルド長がつぶやいた。支部長だったロジオンが責任を感じたのか、顔をゆがめた。それでもなにも云わない。キーラは、珍しく沈んだ様子のスキターリェツを見た。アレクセイたちは、魔道士たちの反応に戸惑っているようだった。

「一応、確認させてもらうわね。ギインナイカクセイだとあなたは云っていた。みんなで政治の方向を決めていると云った。その、みんな、って、魔道士たちのことなの?」
「いや、政治的な役割を得た人間には、いろいろな職業の人がいる。でも役職名は僕が教えた議院内閣制に関する知識にのっとって、魔道士たちが命名していたよ」
「政策を実行するとき、具体的にはどうやっていたの?」
「議院内閣制は議会における投票で、つまり多数決で、いろいろな立場の人から集まった政策を決定する。ただ、ルークス王国には簒奪者とは云え、まだ王さまがいるからね。決まった政策は王さまの名前で発表、実施されていたよ。……もちろん王さまは、素直に従わなかっただろうから、魔道士たちが脅していたんだろうな」
「……おい、嬢ちゃん。それがどうしたんだ?」

 たまりかねたように、アーヴィングが口をはさんだ。静観していたチーグルが応える。

「魔道士ギルドでは、政治的関与を禁じておるのじゃよ」
「はあ?」

 なんでだ、とアーヴィングは顔全体で疑問を示したが、その隣に座っていたアレクセイは、チーグルの言葉で理解したのだろう、困惑をきれいに消した。

 ――――魔道ギルドは、基本的に、自由な組織だ。もちろん魔道を使った犯罪行為には厳しい罰則を設けている。治安を維持する組織に求められたら、積極的に協力さえする。だが魔道士たちの行動には制限を設けない。なぜなら制限を設け、魔道の研究が妨げられたら本末転倒だからだ。魔道研究の衰退は、魔道ギルド全体の不利益につながる。

 同じ理由から、政治に関与する行為を固く禁じている。

 たしかに、十二人の紫衣の魔道士は、在住している国の重鎮となっている。ロジオンだって、ルークス前王から信頼を寄せられていた。ただ、それでも、政治に関与はしない。なぜなら政治に関与する行為によって、不当に利用される可能性、あげくに政治的な理由によって排除される可能性が芽生えるからだ。これも、魔道ギルドの不利益につながる。

 だが、いま、明らかになった事実は、それにとどまらない。

「じいさま……」

 あえぐように、キーラは呼びかけた。「わかっておる」とギルド長が応える。

 ルークス王国の現状をかえりみたら、これは、基本方針に逆らっていると云う規模の話ではすまない。れっきとした簒奪なのだ。野心家な王弟ではなく、魔道士たちによる簒奪。

 魔道士は戦士としても研究者としても半端な存在だから、政治に携わる者たちから危険視されていないのだ。それなのによりにもよって、簒奪を実行できると知られたら。諸国の王族に知られたら、――――魔道士ギルドの、魔道士たちの排斥へと、世情は流れる。

 ロジオンは強く瞑目し、ギルド長に向き直って頭を下げた。

「申し訳ありません、ギルド長。わたしが不行き届きだったばかりに」
「やめよ。おぬしに責任などない事実は明らかであろ。十年前、一人で災いに立ち向かってから、表舞台から姿を消しておった。そんなおぬしになにができたというのじゃ?」
「しかし」
「無駄な自責はやめい、と云うておる。そもそも、いまのおぬしはもはや魔道士ではない。魔道士ギルドへの義務はないのじゃ。……本当に、思い悩まなくてもよい」

 温かな声音でそう云ったあと、ギルド長は鋭い眼差しでキーラを見た。

「……紫衣の魔道士、キーラ・エーリンよ。ギルド長として命じる」
「……はい」

 他の魔道士にはなくても、最高位の魔道士、紫衣の魔道士には義務が生じる。
 魔道士ギルドのために発動される、ギルド長の命令に従う義務だ。これから命じられる内容を、うすうす察しながら、キーラはギルド長を見つめ返した。

(だいじょうぶ)

 紫衣の魔道士になると、そもそもの、はじまりの瞬間に決めた。
 いろいろなこと、笑ったり泣いたり、夢を見たり食事を楽しんだり。さまざまな人間である権利は、紫衣だからこそ、存在を許されていないキーラに、許されていたのだ。いまさら、拒んだりしない。

「ルークス王国に存在する、すべての魔道士を滅ぼせ。私情に負け、私欲に走った連中を、赦しておいては魔道ギルドのためにならぬ」

 がたん、と椅子が動く音が、ふたつ、響いた。そちらを見ないまま、キーラは微笑んだ。

「かしこまりました」