資格が無効になる日 (14)

     キーラを地下施設に運び入れた人物は、ルークス王国の魔道士たちだった。

     以前、精霊の里で戦った連中だ。かつて自分たちを負かした人物が仲間になる事実が受け入れがたく、また、災いを本格的におとなしくさせるためには、スキターリェツに匹敵する魔道能力を所有している人物を捧げればいいと考えたらしい。

     これから災いを滅ぼそうとしているときに、よりにもよって、紫衣の魔道士から戦闘能力を消滅させた人物たちがどういう処罰を受けたのか、キーラは興味が持てない。因果応報かしら、と自分自身に対して考えたが、それでも感情は動かされなかった。

     生きながら竜族に喰われていく恐怖がまだありありと身体の隅々に残っている。そんな自分なのだ、陥れた人物など関わりたくない。犯人たちの現状など知りたくもない。

    「問題を先送りにするな、と、スキターリェツは云ったらしいぞ」

     ただ、ギルド長の代わりに、甘い粥を持ってきてくれたロジオンが教えてくれた。病人ではないから寝台から降りて食べようとしたが、てきぱきと動いたロジオンによって、寝台で食べるはめになった。病人ではないのに、病人扱いされている。そう感じたが、ふわふわと手元から漂ってきた甘い香りにキーラは沈黙した。じいさまの粥だ。顔がほころぶ。

    「美味そうだな」

     正直にうらやましそうな顔をしたロジオンに、ふふん、と勝ち誇ってみた。

    「美味しいわよ、実際。押し麦をバターで炒めて、水と牛乳で煮てふっくらさせるの。それから、ちょっぴり塩を入れて味を調え、干しレーズンやナッツ類を入れて、はちみつで味つけするるのよ。じいさまのオリジナルレシピね。あたしの大好物なんだけど、病気になったときしか食べられなくて。だから食べるの、ひさしぶり」
    「ひとくち」
    「だめ」

     ぴしりと告げて、さじでひと口、すくった。口の中に、やさしい甘みが広がる。バターのコクがたまらない。ほう、と息をついて、さじを動かした。じいさまの味だ。しみじみと嬉しい。うらやましそうだったロジオンはいま、微笑ましそうにキーラを眺めている。

    「……なにも云わないのね、あなた」
    「なにをどう云えと云っているのだ?」

     思わずポロリとこぼした言葉に、ロジオンはすぐにそう返してきたものだから、キーラは苦笑した。たしかに、そうだ。なにを云ってもらいたかったのか、自分でもわからない。

     だから、ロジオンが来たのだ、と、閃いた。

     ギルド長ではなくスキターリェツでもなく、もちろんアレクセイでもなく。かつて、キーラと同じように、災いに魔道能力を喰われたロジオンだから、いま、キーラの傍にやってきたのだ、と気づいた。慰められた、とは感じないが、彼の思いやりに苦笑する。

     少しずつ、お腹が満たされていく。だんだん、冷えていた体温が戻っていく感触だった。

     同時に、いろいろな感情がこみあげてきて、キーラは必死でこらえた。泣き出したいような気もするし、それでいて、安心している部分もある。すべての感情があまりにもごちゃごちゃで、すべてが嘘のようにも感じる。

     だが、確実に腹は満たされていく。やさしい甘さが味覚を満たし、だんだんと元気を注ぎ込まれている気持になる。それでも、これからどうしよう、と、云う困惑もあった。しようと考えていたこと、しなくちゃと考えていたこと、すべてが出来なくなった。喪失感より先に、戸惑いを感じている。

     やがてキーラは、ほう、と、満足して、さじを置いた。

    「きれいに食べたな。食欲旺盛で結構だ。さ、横になれ。いまは休んだほうがいい」
    「……ごめん、ロジオン。話を聞いてくれない?」

     本当に感情がぐちゃぐちゃしていて、このままではおとなしく休めないと感じた。だから思い切ってロジオンに訴えれば、ロジオンはうなずいて、寝台の傍に椅子を運んで座る。

     だがせっかく待ってもらっても、キーラはうまく言葉をつむげない。気持ちを吐き出せない。キーラ、とやさしい呼びかけが聞こえる。見上げればロジオンは微笑んでいた。

    「わたしはきみの記憶を知っている。だから、いまさら、どんなことを打ち明けられたって、動揺しないぞ。それこそ、いまさらだ」

     キーラは大きく目を見開いた。もしかして、本当に知っているの、と、云い出しそうになったが、そんなはずない、と自分で打ち消した。あのとき、自分とロジオンにかけた魔道の効果はどこまで働いたか、よく知っている。

     ただ、あのとき、魔道をかけようとしたときに固めた覚悟を思い出した。自分自身にまつわる秘密、産みの親にまつわる秘密もさらけ出さなければならない。そう思い決めた事実を思い出した。ロジオンなら、いいか。そう考えて、魔道をかけた自身を思い出した。

    「じゃあ、聞いてくれる?」

     静かな心地で微笑みながら前置きすれば、ロジオンも頼もしく様子でうなずいた。

     それでもまだ怯える気持ちがある。隠し通していたい事実をこれからさらけ出す、それも魔道の力などではなく、自分自身の口を使って。だがキーラは震えを押し殺した。

    「あたしの生まれ故郷は、名前が隠された集落よ。ギルドに所属しない、魔道士たちが住む集落で、あたしは魔道能力を高める研究で、実の姉弟の間に生まれたの――――」

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