各国の事情を考えてみたら、工作員がいるのは当たり前である。

 ルークス王国は他国が持て余していたモルスを受け入れた国だ。そんな国の政治が不安定になれば、後ろ暗い事情を抱えた国々は不安になる。だからルークス王国の政権を握った魔道士たちを見張る必要性、あるいは、コントロールする必要性を覚えるだろう。

 そうした理由はわかる。理解できる。

 だが、理解できたからと云って共感できるかと云えば、まったく別の問題なのだ。キーラはむしろ、反発を覚えた。ふいっと記憶のなかに宿る少年の憤りが脳裏によぎる。

 ――――どうしてぼくたちが、――――。

(まったくだわ)

 モルスを受け入れさせた事実も腹立たしいが、いまだにルークス王国の影で暗躍しようと云う神経も腹立たしい。国益のために動く、各国上層部の思考はそういうものだと云われたらそれまでだが、だったら初めから変な取引するなよ、とキーラは考えてしまう。

 ルークス王国はキーラにとって、大切な少年の生まれ故郷に過ぎない。キーラ自身の故郷ではない。それでもこの国が置かれている状況は、彼女なりに抱えている正義感を思い切り刺激してくれる程度には、理不尽だと感じる。

(どうしてなのかしらね)

 何度も眺めた、ルークス王国の地図を思い出す。

 アダマンテーウス大陸の北方に位置する、統一帝国時代の痕跡を色濃く残すこの国は、領土的に決して小さな国ではない。むしろ広大だ。それなのに、現実は小国と評価され、侮られる程度の国力しか所有していない。どうしてだろう、ともう一度考えたあとに思考は飛躍して、苦労しただろうな、と、先のルークス王を想い、憤っていた少年をもう一度思い出して、キーラは唇をほころばせた。

 ――――だからこそ、他国はすでに我が国に対して、弱みを抱いているのです。

 そのとき連想が働いて、思い出した。かつて、ロジオンは少年にそう語ったのだ。
 そうだろうか、と、キーラは首をかしげる。
 そもそも他の国はモルスを受け入れさせた事実を弱みだと感じているのだろうか。

 たかが紫衣の魔道士に過ぎない、キーラですら、最悪の状況を常に想定するように、と云う教えを受けた。心構えをしておくように、対処方法を考えておくようにとも教えられている。それは国益を常に考えざるを得ない、各国上層部たちも同じではないだろうか。

「――――他の国々のみなさんは、なにを目的としているの?」

 話の途中から眉を寄せて考え込んだキーラを、スキターリェツは興味深そうに眺めている。

「とりあえず、モルスを受け入れさせた事実、鎖国を黙認してきた事実、物資流入など魔道士たちにひそかに協力していたという事実の、隠ぺい。アレクセイ王子の即位による、王政復古。あとはやっぱり、モルスをもう一度受け入れさせることかな。楽な方法が目の前にあったら利用したくなるのが人間だから」

 アレクセイ王子はなかなかうまく動いたよ、と、スキターリェツは楽しそうに続けた。

「恩を押し売りたがっている諸国に対して、故郷の混乱は一か月でおさめる、と宣言したんだ。そうすることで余計な干渉を抑え、なおかつ、自分の統率力を示そうとしたんだね。わかりやすくいえば、ルークス王国をさらに利用しようとした国々に威嚇したってこと? ま、成し遂げられなかったら、それこそ、諸国はやりたい放題だけどね!」

 あっけらかんと云い放ってくれる。
 アレクセイがしてきた行為を知り、驚きながら、ちょっとだけキーラは唇を曲げた。

 他人事のように云い放ってくれたが、スキターリェツはたしか、ルークス王国の現状を作り出した原因のひとつ、もとい、一人ではなかったか。

 もちろん、彼にしてみたら非常に不本意な召喚でこの世界に引きずり込まれた事実を覚えているが、それにしても、と感じる部分もあるのだ。

 もやもやとしている感情を持て余していると、ひょい、とスキターリェツがのぞきこむ。

「僕のこと、無責任だと感じている?」

 不満を云い当てられて、どきっとしたが、キーラは意地を張った。

「別に。そもそもあなた、責任を感じなくちゃいけない立場じゃないもの。……わたしだって、しょせん、よそ者でしかないわけだし、怒らなくちゃいけない立場じゃないわ」
「あっはー。云われちゃったか」

 ぺし、と右手で軽く額を叩いて、スキターリェツは朗らかに笑う。
 かと思えば、「でもさ、」と少々、まじめな声音で云うのだ。

「あいつらは、僕を怒る理由はあるんだよ。もともと、ルークス王国のために、僕の知識を利用しようとした奴らだからね……」

 そう云って、少しばかり憂鬱そうな表情で、前方を見つめる。
 話しながら歩き進んでいたから、魔道士たちが収監されてる地下牢に着いたのだ。