驚きにざわめいた魔道士たちに向かって、沈黙していたギルド長が進み出る。
「むろん、アレクセイ王子に協力すると云うなら、おぬしらの魔道は封じさせてもらうぞ。魔道研究ではなく、政治研究にいそしみたいと云うのであれば、魔道能力は必要あるまい?」
「わしら全員の魔道能力を封じると?」
出来るのかと云いたげな魔道士に向かって、ギルド長はにんまりと笑った。
「まあ、封じる必要などないがな。ルークスにはちょうどよく、魔道能力を喰らう化け物がおる。おぬしらを捧げてしまえば、否応なく、魔道能力は失われる。のぅ、キーラ?」
(どうしてあたしにふるのよ)
不満を抱いたが、魔道士たちの視線を感じ取り、にっこりと微笑みながら口を開く。
「痛みもないし、犯罪者に装着する腕輪も不要だから、経済的ね。まあ、多少怖い想いをするかもしれないけれど、若輩者でしかないあたしですら耐えたんだから問題ないわよ」
ひとりひとり、反応を確かめるように、ゆっくりと云い放てば、後ろめたそうに視線を外した輩がいる。ふうん、と感じはしたが、それだけだ。もしかしたら自分を陥れようとした輩なのかもしれないが、憤りはもちろん、興味もなにも抱かなかった。どうでもいい。
「お二人とも、不要な威嚇はおやめください」
アレクセイは笑い含みの口調で、キーラたちをそう、たしなめる。
なにおう、と考えたけれど、アレクセイの瞳が満足そうに笑んでいたから、軽く肩をすくめるにとどめておいた。いまのやり取りにどんな効果があるのか、キーラにはさっぱりわからないけれど、アレクセイのもくろみ通りに事態が進んだのなら、めでたしだ。
「なぜ、わしらをかばうのかな、偽物王子どの」
仲間の魔道士の反応を眺めて、アレクセイを見返した黄衣の魔道士が率直に問う。
アレクセイはゆっくりと笑みを消して、静かな様子で口を開いた。
「おれは確かに、アレクセイの偽物だ。だからこそ、アレクセイの意志を受け継がなければならない、と考えている」
キーラは少し驚いた。アレクセイは、――――ミハイルは、本来の彼を魔道士たちに見せようとしている。丁寧で胡散臭い敬語をなかなか崩そうとしなかった偽物王子の、いままでとはがらりと違う口調に、戸惑ったようにまたたく魔道士が見えた。
「おまえたちを罰することがアレクセイの意志だと考えていた。そうすることで、あいつが愛したルークス王国に戻すことがあいつの意志だってな。でもちがう」
ひと息ついて、ミハイルはそらんじるように、不思議な言葉を口にした。
――――不穏であればまだ見込みがある。平穏であれば、抜本的な改革が必要となる。
奇妙な言葉だ、とキーラは感じた。それに、矛盾しているようにも感じる。
不穏だから抜本的な改革が必要となるのではないか? 平穏だから魔道士たちが施した政策にも見込みがあるということではないのか。不思議に感じながら、魔道士たちを見ると、彼らは一様に顔をこわばらせていた。驚いた。この言葉の意味が分かるらしい。
ミハイルはフラットな眼差しで、そんな魔道士たちを見つめながら続ける。
「どういう意味か、おまえたちにはわかるんだな。おれも、考え続けてようやく分かった。かつて、アレクセイがそう云い残した意味」
(あの子が、云い残した、意味?)
いまの謎めいた言葉は、本物のアレクセイ王子が遺した言葉だと云うのか。驚きに息を呑んで、キーラはミハイルを見た。ミハイルは剣呑な眼差しで魔道士たちを見ている。
厳しさをはらんだ瞳、――――でもいままで見てきたどの瞬間より、誠実だと感じた。
「ルークス王国に、この十年間にあった平穏は、偽物だ。議院内閣制と云う制度を用いている、みなが政治に携わっていると云いながら、諸国の不当な要望を受け入れている事実を隠していた。王を監禁している事情を隠していた。だからこの十年間、この国は平和だった。穏やかだった。豊かですらあり得た。でもそうしたルークス王国をかえりみて、抜本的な改革が必要だとあいつが感じていたのなら、おれはその通りに動く。必ず改革をほどこしてみせるさ、この国にな」
それが偽物王子の役割だからだ、とミハイルが事もなげに云ってのければ、やや気圧された様子で、魔道士の一人が口を開いた。黄衣の魔道士は考え込んでいる。
「……じゃあ、なおさら俺らは不要だろ。なんで処刑しない?」
「死にたがっているやつに、わざわざ死を与えてやらないといけないのか?」
皮肉っぽく告げて、ミハイルはふっとあざやかな笑みを浮かべてみせた。
「中途半端に、一国をかき乱すだけかき乱した輩に、責任を負わせることなくあの世へ逃走させろと云うのか。アレクセイを陥れた現王も同じことを云っていたが、冗談じゃない。確かにおれには、アレクセイに守られた罪がある。だからこそ国を背負う覚悟を固めてもやるが、おれ以上に、罪を背負うべきやつらをむざむざ楽にしてやるつもりはない」
苦難の道へと、つきあってもらう。
優美な美貌を不敵に微笑ませて、ミハイルは傲然と云い放った。
(ふしぎ)
眺めていたキーラはそう感じた。
本物のアレクセイ王子は、記憶に宿るあの子だ。そうしてその子は、目の前の青年、ミハイルを護って亡くなった。それ以降、ミハイルはあの子に擬態していると云う。たしかに、胡散臭い敬語や人を揶揄するような態度は、あの子に通じるところがあると思う。
けれどいま、本来の姿をさらけ出したミハイルのほうが本物の王子らしいな、と感じる。
本物の、王族らしい。傍若無人で、不敵で、したたかで、――――決して、屈しない。
(だからあなたは、この人に委ねることにしたの?)
唐突に芽生えた想いがあった。記憶のなかに宿る少年は、ミハイルを護って亡くなった。それは、自分の命を投げ出してでも護りたいと、――――護らなければ、と考えたから?
(……そうではない、と、祈るわ)
少年のためかミハイルのためか、自分自身でもわからない願いを心のなかで抱きしめたとき、じっとミハイルを見つめていたスキターリェツが、魔道士たちに向き直る。
「まあ、いま、答えを出すのはむずかしいだろうから、そうだな、半日ほど時間をあげるよ。……正直に云えば、僕も眠いからねー」
なんとも気が抜ける言葉である。だが確かに、魔道士たちに時間は必要だろう。
ミハイルが、いいや、すでにアレクセイ王子になった青年が苦笑して踵を返した。ちらりと魔道士を眺めて、キーラもアレクセイの後に続く。まだ訊いてない質問があったのだ。