地下牢から出たところで、違和感を覚えて振り返る。ギルド長もスキターリェツも出てこない。なにをしてるんだろな、と考えている間、アレクセイは侍女を呼び止めたらしい。「キーラ」、呼ばれて振り返ると、キーラと同じ格好をした侍女が慎ましく控えている。

「あなたも疲れたでしょう。部屋が整ったようですから、休んだらいかがですか」
「ありがと」

 そう云いながら、困惑と共に侍女を見た。もしや案内するために待っていてくれているんだろうか。でも、と、ためらいがちにアレクセイを見上げると、察したアレクセイが侍女をさがらせた。「先に、チーグルたちを案内してください」、そう云われた侍女は一礼して立ち去る。規律正しい後ろ姿を感心して眺めていると、含み笑いが響いた。

「いまのあなたも同じ格好ですが、彼女たちとはおおいに様子が異なりますね」

 つまりは、侍女姿が似合っていない、と云いたいのだろう。慎ましくない、にわか仕立てだとよくわかる――――。そういうニュアンスを感じ取って、反射的に唇をむっと尖らせながらアレクセイを見たが、揶揄と云うにはずっと優しい眼差しを見つけてしまった。

 なんとなく、視線を逃がす。穏やかな沈黙が落ち着かなくて、反発が口からこぼれた。

「悪かったわね。だったらどんな格好なら似合うと云いたいのよ」
「拗ねてるんですか?」

 面白がるような口調で云われたが、意地になったように、アレクセイを見ない。

「拗ねてるわけじゃないわよ、違うわよ。ただ、ケンキョな姿勢で王子さまのご意見をうかがいたいってだけじゃない。それより、答えられないわけっ?」
「まさか。そうですね、あなたには、」

 顔を背けているからわからないが、アレクセイにしてはずいぶん半端に言葉を切った。

 奇妙に感じてそおっと視線を向ければ、唇を手のひらでおおって黙り込んでいる姿が見えた。なにをしているのやら。疑問に感じて首をかしげれば、「ああ、ええ」、奇妙な合いの手が聞こえる。ちらりとアレクセイはキーラを見おろして、「それより」と切り出した。

「なにか話したいことがあったのではないですか」

 あ、こいつ、誤魔化しやがった。

(つまりそれほど、あたしに似合う格好はないと云いたいのかっ)

 もやもやが強くなるが、追及したところで面白くない気分になるだけである。
 しかたない、ここは大人になるしかないか、と、しぶしぶキーラは口を開いた。確認しておきたい事項は、キーラのささいなもやもやより優先すべき事項である。

「王子さま。魔道士たちを味方にして、困らない?」
「というと?」

 ゆったりと訊き返されて、どう云ったものか、と、口ごもった。  魔道士たちに憤りを覚えている。どんな理由があれ、モルスを現王に用いた事実は許されるものではないし、私怨ではあるけれど、キーラの能力を奪われた事実もある。

 だからといって、魔道士たちを処刑にしておしまいにする、と云うやり方にはどうかと感じていたから、正直なところ、キーラは安心もしているのだ。

 けれどアレクセイ王子の味方をしているのは、旧貴族たち。すなわち、魔道士たちが追い落とした一派である。魔道士たちを味方にするというならば、必然的に、彼らの反発を覚悟しなければならない。

 小さく笑って、アレクセイは壁に背中を預けた。

「いささか行き過ぎた感はありますが、魔道士たちの功績を無視するわけにはいきませんから。……キーラ、新聞をご存知ですか?」
(シンブン?)

 確か、魔道士たちがスキターリェツの知識を元に生み出した情報媒体だ。さまざまな情報を公表するための組織が結成され、配布されている。なかなか便利な情報が掲載されていることから、購読している民も決して少なくないと、レフやローザから教わった。

 だからうなずくと、アレクセイは「そういうことです」と云い放つ。

「すでに魔道士たちの改革は、民に浸透しています。王立図書館しかり、新聞しかり。これまでは一部の知識人しか甘受できなかったサービスを、魔道士たちの働きによってより多くの民が利用できるようになっている。なかでも新聞と云う情報媒体は、魔道士たちの功績も広く知らしめているんです。だとしたら、彼らの処刑は反発を招く可能性がある」
「でもそれらは、王さまの名前で行われた改革でしょう? 王さまの改革だと考えられているんじゃないの? なにより、たくさんの人が王子さまを歓迎しているのに」
「それとこれは話が違います、キーラ。彼らはたしかに王制を支持している。ですが同時に、魔道士たちの功績をありがたいものだとも認識しているんです。だからこそ、最近の暴走も生温い目で見守られていた。本来であれば、反逆罪だと突き出されてもおかしくないと云うのに、魔道士たちの云い分は許容されていた。そういう存在を処刑しては、王家への不信感を招くでしょう。なにより、」

 そこで言葉を切って、アレクセイはほろ苦く笑った。

「魔道士たちに罪はありません。――――ルークス王国王太子はいま、こうしてここにいるのですから、王族を手にかけたという罪は、そもそも存在しないんです」

 あ、と、胸を突かれた心地になった。

 云われてみたら、その通りである。アレクセイ王子はここにいる。多くの人に偽物だと知られているが、諸般の事情により、諸国にも現王にも認められている。アレクセイ王子は生きている。だから魔道士たちの犯した罪とは、先走った行為、すなわち現王の宣誓文書を諸国に勝手に送った、と云う事実に留まる。魔道士たちに殺された人物は、ミハイルと云う名前の傭兵となるのだ。

 キーラはためらい、おそるおそる、目の前の青年の名前を呼んだ。

 捨て去ったと主張する名前を呼びかけられ、青年は笑った。しかたなさそうな、そういう反応しか返せない、と云わんばかりの、どこかはかない微笑だった。