扉を開ければ、ざわめきはいっそう、はっきりと届いてくる。レジーナが走り出す。キーラも追いかけた。途中、すれ違う人がいたら捕まえようと考えていたが、見つからず、結局、キーラは先に向かった場所まで駆けていった。すなわち、地下牢だ。レジーナがぐる、と唸る。ふわりと漂ってきた臭いに息を呑んだ。むせ返るような、血臭だ。

「キーラ」

 いちはやく気づいた人物は、スキターリェツだ。いつになく深刻な表情でこちらを見て、ちら、と地下牢を振り返った。格子の前では厳しい横顔を見せてアレクセイが腕を組んでいる。より近づこうとしたキーラをスキターリェツが留める。なにがあったのか。疑問の眼差しをぶつければ、スキターリェツはため息混じりに、口を開いて教えてくれた。

「魔道士たちが、殺されたんだ。いま、チーグルたちが犯人の手掛かりを求めて探索に出てる。僕たちは遺体の検分をしているところ」

 キーラは目を見開き、スキターリェツを見返した。

「どうして。だれが殺したというのよ?」
「それがわかったら苦労はないよ。……いや、わかったほうが苦労する、と云うべきかな」

 わけがわからない。

 混乱したまま、キーラは地下牢を見直した。スキターリェツに遮られているから、なかのくわしい様子はわからない。やがてギルド長が出てきた。どうやら遺体の検分をしていたらしい。ちらりとキーラを見たあと、アレクセイを見つめながら口を開いた。

「みな、こと切れておるぞ。いずれも、一刀で斬り捨てられたようじゃ。魔道士たちは油断しておったのじゃな、いずれもあっけなく急所をやられておる」
「なるほど。魔道によるものではなく、剣による殺害ですか」

 苦々しい響きで、アレクセイはつぶやいた。  魔道によるもの、と云う言葉で気付いた。アレクセイは、魔道士たちによる殺害を疑っていたのか。ふと、思い出した光景がある。キーラとアレクセイが話している間、地下牢からなかなか出てこなかったスキターリェツとギルド長。なにをしていたのだろう?

「まさか、わしらを疑っておったのか、アレクセイ王子?」

 あごひげを撫でながら、面白がるようにギルド長が訊ねると、スキターリェツも笑う。

「すべてを疑うのは推理物の基本だけど、お馬鹿な疑惑だよ、アレクセイ王子。僕らにはいま、魔道士たちを殺害する理由がない。ギルド長はかつての命令を撤回したからね」
「じゃあ、あたしたちが地下牢から出たあと、じいさまたちは魔道士たちとなにを話したの?」
「キーラ、おぬしもか」

 呆れたような、嘆くような口調で云われたものだから、首をかしげて逆に訊き返す。

「いやーだ、じいさま。あらゆる事態を想定しろ、と教えてくれたのはじいさまでしょ? いまのわたし、紫衣の魔道士じゃないんだもの。ギルドの事情を教えられてないから、疑っちゃうのは当然じゃない。ましてや、魔道士全滅の命令を下されたこともあるんだから」
「それはその通りじゃが、わしがそんなに馬鹿なことをすると思っているのかのう?」
「思わない。だから疑惑を晴らすために訊いてあげてるんじゃない。いいから答えて?」
「やれやれ。魔道能力が失われても、口が達者な孫娘じゃ」
「さすがはギルド長の孫娘、と云うところじゃないかな? 僕たちはね、キーラ。〈誓約〉を用いるよう、提案していたんだよ」

 〈誓約〉を用いるように提案した。キーラは口内で繰り返して、ああ、と納得した。
 魔道的な技術はきっとわからないだろうアレクセイのためにも、口に出して確認する。

「魔道封じの腕輪は犯罪者向け。周囲からの偏見があるから、日常生活には支障がある。だからといって本当に災いに魔道能力を喰わせるにはいかないから、〈誓約〉によって、言葉ヴォールズによる精神拘束で魔道を扱えなくしようとしたのね」
「ちなみに、アレクセイ王子にも了承を得ていたんだけどな? お忘れかい、王子さま」

 皮肉っぽくスキターリェツが云えば、アレクセイは苦笑を浮かべる。

「まさか。覚えていますよ、ちゃんとね。ただ、地下牢への鍵は厳重に管理していた。報告させたところによりますと、鍵は紛失していない。それなのに犯人は、地下牢へ侵入を果たし、魔道士たちは殺されたのです。ならば転移の術を使われたと疑うのは必然では?」

 だったら、と、アレクセイの言葉を聞いていて閃いたキーラはギルド長を改めて見た。

 魔道士には、魔道の痕跡がわかる。ここには紫衣の魔道士であるギルド長、同等の能力を持つスキターリェツがいるのだ。わからないはずがない。

 二人は顔を合わせて、同時に、苦い息を吐き出した。心当たりがある、と云う反応だ。アレクセイが沈黙したまま、二人を凝視する。苦い面持ちで、ギルド長が口を開いた。

「王子の推測は当たっておる。彼らを殺害した人物は、魔道士じゃ。転移魔道陣は消失しているが、魔道の痕跡は残っておった。たどってみたところ、王都へつながった」
「ただの魔道士じゃないよ。戦士としてそれなりに鍛えられた魔道士たちを、一刀で殺害できる魔道士さ。そう云われたら、キーラもわかるだろ」

 スキターリェツの言葉が、いくつかの欠片をぱちぱちとはめ込んだ。剣を扱える魔道士。魔道士たちがうっかり油断するだろう人物。なにより、セルゲイとも対等にやりあっていた、転移の術をも使える魔道士――――。

「マティ……?」

 半信半疑につぶやくと、しかり、と二人の魔道士がうなずいた。