「いったい、彼は何者なんです。たしかに一度、わたしが切り捨てたはずですが、生き返っていますよね、彼」

 あっさりと、常識的ではない物云いをしたのはアレクセイだ。マティと云う名前がだれを示しているか、知っているらしい事実に視線を向けると、「ルークス王国の魔道士は全員、把握してますよ」と事もなげに云われた。まあ、アレクセイ王子を殺害した人物でもある。把握していても不思議はない。

 だから二人で、マティについていちばん詳しいだろう人物に視線を向けた。スキターリェツは「うーん」とうなる。なぜかギルド長に視線を向けるものだから、キーラは首をかしげた。

「じいさま?」
「……実はのう、魔道ギルドにはマティアス、と云う人物は登録されておらん。もっともこれは、この十年に発見された魔道士候補たちにも云えることなのじゃがな。だがマティアスと云う人物に限れば、それはおかしいということはよくわかるであろ」

 ああ、と、納得してキーラはうなずいた。
 この十年、ルークス王国は鎖国されていた。その間、魔道士ギルドはレフによって管理されていたが、実質、その働きは神殿へと移っていた。魔道能力のある赤ん坊を教育し、位を授けていたのは神殿に移った魔道士たちである。だからギルド長が把握していない、すなわち、魔道ギルドにまだ登録されていない魔道士候補たちがルークスに存在する。

 だが、マティアスに限って、それはあり得ないのだ。

 なぜならマティアスは明らかに二十歳を超えている。色も与えられている。だから、魔道ギルドに登録されていないとおかしいのだ。

 スキターリェツが頭をかきながら言葉を継いだ。

「マティについてはね、僕もくわしくは知らない。不老不死だと云う事実はさすがに知っていたけど、異世界だからそんな存在もありかと気軽に考えてた。アリアたちには優しいし、まわりの魔道士たちの調整もしてくれたから、なんとなく受け入れていただけで……」
「ぜんぜん、参考にならない発言ね」

 目を細めてキーラが云ってやると、さすがにスキターリェツはふくれて「異世界人を、そこまで頼りにするのは問題だと思うな」とぶちぶちつぶやいた。違和感を覚えたのだろう、アレクセイも冷ややかにスキターリェツを見る。

「正直に云えば、あなたが身元不明な人物を不用心に受け入れたとは信じがたいですね。他に、信用した理由があるのでは?」
「――――あるけどー、口にしたら怒られる予感がひしひし……」
「あなた、親に叱られたことはないの? 隠し事をすると、ますます怒られるばかりよ」
「あるさ、あるに決まっているだろ。……でも、隠しておいたことを白状しても、怒られることから逃れられないんだよねー……」

 ため息をついて、ついに諦めたように、スキターリェツは吐いた。 「マティは、ウムブラの工作員なんだよ」

 ウムブラとはパストゥスのさらに南西にある大国だ。魔道ギルド本部がある国でもある。
 ぺろりと云われた内容に、アレクセイとキーラは同時に、大声を上げた。

「それを先に云うべきでしょう!」
「いちばんに云いなさいよそういうことは!」
「あー、やっぱり怒られたー」

 ふ、と、息を吐き出して、おおげさに嘆くものだから、さらにキーラは叱り飛ばそうとしたが、次の瞬間、あざやかに表情を変えたスキターリェツに気圧され、言葉を飲み込んだ。突き放したような、ちょっと冷ややかな表情で、考えながら言葉をつむぐ。

「そういう素性だけど、それらしい動きを見せてなかったから、油断してたんだ。そもそも、マーネでマティに殺された老魔道士も、別の国の工作員だからね。彼を殺したマティは、ルークス王国側に寝返ったと考えてたんだ。まったく、間抜けだよ。信頼を得るために、相手の敵を殺す、なんて常套手段だった」
「ちょっと待って。あの黄衣の魔道士、工作員だったの?」
「ルークス王国魔道士たちの特異性を知ってるだろ? ギルドの、政治不干渉と云う規律に従わなくなった魔道士は、他国からの誘惑にも弱くなっていたのさ。あの魔道士は、他国の命令に従ってアレクセイ王子を襲ったから処罰した、とマティは説明していたけど、」

 その疑惑に気づいたのは、四人、同時だった。他国の命令に従って、アレクセイ王子を襲った。それはそもそも、他国の工作員殺しへの釈明として生まれた言葉だろうか。

「……マティって、本物のアレクセイ王子を殺した人よね……?」

 おそるおそる、確認するようにキーラがつぶやけば、「ああ」とアレクセイが短く応える。
 スキターリェツが鋭くアレクセイを見た。

「たしか、きみをかばってアレクセイは殺されたんだったね。そのときの状況は?」
「――――おれをかばってアリョーシャが斬られたとき、紋章の鎖は切れて飛んだ。だが、紋章を奪いに来たと宣言したにもかかわらず、あいつは転移の術で立ち去った。動揺していたんだろう、と、あとでおれたちは分析したが、……正直、ありえない距離だった。紋章はあいつのそばに落ちていたんだ」
「するとマティとやらの目的は、紋章ではなくてアレクセイ王子の命だった、ということかの」
「ちなみに、マティは僕らにはこう云ったよ。『乱戦のさなか、誤ってアレクセイ王子を殺害した。だが紋章まで奪えなくて退散した』ってね。なるほど、……そうか、」

 そう云いながら、スキターリェツは低く笑う。

「待って、待ってよ」

 混乱しそうな思考を押さえつけながら、キーラは三人の男たちを見回した。

「それじゃ、アレクセイ王子は、ウムブラの命令によって、マティによって殺されたということ? どうして。ルークス王国は鎖国していて、アレクセイ王子は『灰虎』の一員になっていた。つまり、まったくかかわりのない人物だったわけでしょう」
「それでも、第一位王位継承者だ。いまはともかく、当時のウムブラは邪魔だと考えたのかもしれない。それに、たしか、ウムブラの王太子は、アレクセイ王子の血縁なんだ。母親同士が姉妹でね。ルークスの王位継承権を、末席に近いとはいえ、持ってもいる」
「ルークス王国の、王位が目当てだったというの? モルスを押し付けられた、鎖国もしていた国でしょう。こういう言い方は微妙だけど、そんな国の王位を求めても、メリットは小さいと思うのだけど」
「いつまでも鎖国し続けるか、魔道士たちの行動に保証はなかったわけじゃろ。魔道士たちがいまのように暴走を始めたときに備えて、第一位王位継承者を魔道士の手によって殺害させたのかもしれぬ。そうしたらルークス王国に介入できる。親族でもある、第一位王位継承者を殺害した魔道士を討つ。そうしてルークス王国の救い手となり、モルスを押し付け続けるための属国とすることもできる」
「いや。順序はおそらく逆だよギルド長。まず、アレクセイ王子を殺害する。そうして魔道士たちの暴走を狙った。ただ、その暴走と前後して、アレクセイ王子と名乗る人物がパストゥス王宮に保護されたから、ウムブラは介入の口実を失ったんだ」

 つまりアレクセイ王子は、殺されかけた友人をかばう、という偶発的な理由によって亡くなったわけではなく、国を巡る陰謀の果てに殺されたということか。

 思わずキーラはミハイル・・・・を見た。呆然としていた青年は、ゆるやかに表情を無くしていく。キーラは唇を結んだ。それが、なにを示している変化か、よくわかる。

 混乱していた感情が、鋭くひとつの方向に収束していくときの反応だ。

 マティに。そして、おそらくはその背後にいたであろう、ウムブラへの――――。