反撃するための資格 (11)

     王都に戻るまでの道程でスキターリェツに教えられながら、それでも否定したかった事実を、アリアの死を、改めて伝えられる。アリアだけではない、キーラを攻撃してきた少年、カイもすでに殺されている。裏切りを防ぐ指輪を発動させたマティによって。

    「お葬式は、終わってる、って聞いたの。ほんとう?」
    「この季節だからね。……アリアは眠るような、穏やかな顔だったよ。苦しんでなかった、それはわかった。ローザが泣いて泣いて泣き崩れて、本当に困ったよ。時間があったら、訪ねてあげて。息子さんが戻ってる、って、聞いたけど、どんなに気になっても、いまのわたしたちが様子を見に行くわけにはいかないから」

     やわらかな口調が、涙の衝動を連れてくる。でもやっぱり、涙は出ないのだ。
     ぬくもりに包まれて、ずっとわだかまっていた景色を、ぽつぽつと口にする。

    「アリアはね、――――マティに、……犯人に懐いてたの。普通の人間なら忌避するような特徴も受け入れて、頼りにしてたの」
    「うん」
    「マティも。アリアをかわいがってた。カイ、と云う男の子も、マティは気遣ってた」
    「……うん」

     ぎゅう、と、ロジオンの服の生地を強く握りしめる。

    「……なのに、どうしてこんなこと……!」
    (いくら、工作員だったからって。いくら、命令があったからって!!)

     ぐるぐると感情はかき乱されている。憤りもあるし、哀しみもあった。無力感、自責、さまざまな負の感情が、次から次へと他の感情も連れてくる。明確に表現できない衝動がキーラを振り回して、そうして残るのは、やっぱりアリアの面影なのだ。

    (もっと、なにかを。もっと、あの子が喜ぶようなことをしてあげればよかった)

     指輪なんてさっさと解除させればよかった。絆なんて、目に見えないものだ。胡散臭い指輪を大切にしているんじゃない、って、怒ればよかった。喧嘩したらよかった。少なくとも、魔道能力を失ったあとならば、時間はたくさんあったのだ。一緒にご飯を食べるより、焦って自分に出来ることを探すより、あの子と、もっと向き合えばよかったのだ。

     無意味な感傷だ、と、冷ややかな一部分がつぶやいている。もう、アリアは亡くなっている。もし、を繰り返しても意味はない。残るのはただ、アリアの相手をするより、自分の衝動を優先させてきた、と云う事実だ。アリアを突き放しながら、アリアに協力してもらっていた事実だ。

    「キーラ。キーラ、泣かないで」

     あたたかい気遣いを受けて、首を振った。いびつに歪んだ顔をあげて、ロジオンを見る。眉をひそめていたロジオンは、わずかに息を呑んだ。

    「泣けないの。あの子にもう会えないのに、あたし、涙も出てこないのよ」

     薄情でしょう、と、云えば、ロジオンは首を振った。ただ、キーラの頭を無言で胸に押し付ける。グイ、と、強く押し付けられて、少し苦しい。でも逃れようと思わなかった。

    「キーラ。じゃあ、きみはこれからどうする」

     深い響きで、ロジオンが問いかけてきた。彼の腕のなかで、きゅ、と、口端をもちあげる。

     ぐい、と、ロジオンの胸に両手をあてて、身体を起こす。唇を固く結んで、まっすぐにロジオンを見つめる。ロジオンも見つめ返してきた。そうして真摯にキーラに問いかけている。なにを考えている、と。

    (閃いたことが、あるのよ)

     でもいまは、なにも答えられない。

     ゆっくりと呼吸を繰り返して、吹っ切るように、意志だけの力で微笑んで見せた。

    「しかたのない人たち。そこまで云うなら引き下がるけど、くれぐれも、気を付けてよ? もしも、という事態になったら指さして笑うからね」
    「キーラ?」

     不思議そうなロジオンが口を開くより先に、レフが割り込んできた。

    「うるっせーぞ、馬鹿女。そんなこと、だれが許すか。いいからさっさと帰れ。王宮の客であるおまえがここにいると、だれかに見られるだけでも、アレクセイ王子には脅威だ」
    「そうね、帰る。気が向いたら、差し入れしてあげるわよ」
    「はっ、期待しねえで待っててやるよ」

     レフの憎まれ口を聞いて苦笑し、くるりと、キーラは踵を返した。震えるように息を吐いて、気分を切り替えようとつとめる。甘ったれた感傷は、もう必要ない。できることをするのだ。

     ――――眠るような死に顔だった、と、教えられた。

     だから、穏やかに死を迎えたのならば良かった、と考えよう。
     せめて、仲間による死だと知らなかったのなら良かった、と考えよう。

     穏やかであれ。安らかであれ、と、アリアをはじめとする死者たちにキーラは願う。

     そうして、想う。これ以上は赦してたまるものか。

     ルークス王国はもはや、キーラにとって遠い異国ではない。ロジオンやレフ、ローザたち親しい人が住む国だ。あの男の子が最後まで気にかけた、大切な故郷なのだ。好き勝手にはさせない。ましてや、モルスを押し付けるための属国になど、させるものか。

    (閃いたことが、あるの)

     すでにギルド長やスキターリェツに協力を仰いでいる。いま、王宮において、そのための準備を進めてくれているはずだ。あとはキーラ自身が王宮に戻り、実行すればいい。

     キーラは災いによって魔道能力を奪われた。奪われた魔道能力は現在、災いの活動を停止させている。つまり、依然として魔道能力は災いのなかに存在しており、消費され続けているのだ。

     ならば、と考えた。キーラが災いを喰らえば、魔道能力を取り戻せるのではないかと。

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