「じいさま!」

 キーラはとっさに呼びかけた。なにをしているのか、とまでは問いかけない。スキターリェツとの共闘できる目的がこうして消えた以上、警戒する態度はむしろ当たり前だ。だからギルド長の行動理由も納得できる。

 それでも、でも、と云う気持が強い。ためらいを覚えているキーラを苦笑したスキターリェツがちらりと見て、ギルド長に視線を戻した。

「さすがだねー、ご老人。警告のタイミングはばっちりだ。もっとも空気読めていないよね。ひとつの懸念が消えたばかりだっていうのに、お祝いモードになろうとしていたのに、全然気にしてない。さすがだよ」
「おぬしもな。この期に及んでいやみを云い放つ度胸はたいしたものじゃ」

 二人の魔道士たちが舌戦を交わす間に、傭兵たちは素早く動いて、スキターリェツを取り囲んだ。キーラは困惑している間に、状況が厳しく変化している。

 どうしたものか、と考えた。感情はスキターリェツに傾いている。だっていま、この瞬間まで協力してもらっていたのだ。攻撃を仕掛けようと云う気持ちになれない。でもそれは警戒を解く理由にしてはならない。なぜならスキターリェツの目的は不透明だからだ。

(王子さま、あなただったらどうする?)

 本物のアレクセイ王子殺害に絡んでいる人物として、あからさまな殺意を宣言していた彼ならば、このままギルド長の動きに乗じて、スキターリェツ抹殺へと動くだろうか。

 キーラは瞳を閉じて、そうして、開いた。

 心は定まった。ゆっくりと歩き出して、『灰虎』たちやギルド長を通り過ぎて、スキターリェツの近くまで歩みよる。「キーラ」、呼びかける声をすべて無視すると、スキターリェツが面白がるような眼差しでキーラを見た。確信する。彼は余裕を失っていない。万が一、戦いになったとしても勝算があるのだ。だったら、と考える。だれも死なせてはならない。

「スキターリェツ。あなたの目的はなに?」

 なぜなら、アレクセイ扮する青年は、仲間を死なせることを望んでいないのだから。

 だったらキーラは彼の望みに添うように動く。スキターリェツのため、と云うより、『灰虎』の傭兵たちを傷つけないため、そうして、孫のようにかわいがってくれるギルド長を危険から遠ざけるために、相手の目的を聞きだそう。そうして、妥協点を探す。

 理想論に偏り過ぎているかもしれない、と自分自身につぶやきながら、キーラは無防備な状態でスキターリェツに向き直った。ただ、まっすぐに異世界人を見つめた。

 まいったなあ、とは、スキターリェツが漏らしたかすかな呟きだ。本当に、困った顔をしてキーラを見つめている。バチバチ、と響いていた雷撃の音が、途絶えた。ふう、と背後でため息をつく気配がした。スキターリェツが視線を動かして、もう一度苦笑する。

「無鉄砲な孫娘を持つと、苦労しますねご老人」
「まったくじゃ。まあ、若者とはそうしたものであるからの。じじいはすっこんでおるわ」

 ふ、と、空気が笑いの気配でゆるむ。

 だれが先だって動いたのか、それは定かではないけれど、『灰虎』の傭兵たちもかまえていた姿勢をゆるめていった。キーラに倣う、といったところだろうか。責任をひしひしと感じるものだから、かすかに届いたスキターリェツの言葉を聞き逃すところだった。

「……僕の目的は、生まれ故郷に手紙を送ることだよ」

 耳が捕らえた言葉を、意外な心地で受け取る。

 生まれ故郷、とは、スキターリェツの産まれた異世界のことだろう。だが、いま、この瞬間に、そんな内容が聞こえてきた事実が驚きだ。生まれ故郷に手紙を送る、けれど、現実にスキターリェツがしてきた行動は、まったく目的に沿っていない。

 首をかしげた動作から、キーラの疑問を感じ取ったのだろう。うん、と、あいまいにスキターリェツは笑った。どう説明したものか、自分でも答えあぐねている。そんな様子だ。

 スキターリェツの思考がまとまるまで待とう。そう考えて沈黙を守ったが、あまりにも長い沈黙が続く。むしろ言葉を引き出したほうがいいのか、と考え、キーラは口を開いた。

「戻る、ことではないの?」
「戻れないなあ。僕はもう、こちらの世界に責任がある。少なくともマティのやつに一発喰らわせるまでは、戻るつもりはないよ。僕は戻れない」

 妹に叱られる、と、おどけたように応えて、スキターリェツは目を伏せる。

 妹の存在を告げられ、改めて、スキターリェツが異世界の人間だと云う事実に思い至った。ただ、ぽっと出てきた胡散臭い人物ではないのだ。こちらの人間、ルークス王家の思惑によって、大切にしてきた存在と急に引き離された人なのだ、という事実が迫ってくる。

 目的を聞き出せたのだ、だからあとは協力への言質を引き出せばいいだけ、と理解していたが、キーラは口を動かせない。目の前にいるスキターリェツは、理不尽な扱いを受けてきた人だ。まったく見知らぬ世界で要領よく動き回って、自分に都合よくルークス王国を変えてきたけれど、それでも始まりには理不尽な召喚がある。

 神妙な心地で沈黙していると、スキターリェツは視線を上げ、キーラに笑いかけた。

「だから、さ。キーラ。僕の目的に協力してくれないかなあ?」

 協力を求めるつもりが逆に求められて、キーラはぱちぱちと目をまたたいた。