間章 (8)

     その街をはかる尺度として、公園はそれなりに有効な存在である。

     憩いの場として機能しているなら政策が充実している証明となるし、逆に、浮浪者が住み着いていたら救済政策が機能していない証明ともなる。くつろいでいる人物にも注意が必要だ。もしかしたら不法に入手した麻薬を吸っている最中かもしれない。そんな、なにげない事実から、街の治安状態までわかる。

     これまで訪れた国々で、アレクセイはさまざまな公園を眺めてきた。記憶にあるそれらと目の前に広がる公園を比較すると、まず、居心地の良い公園だ、と率直に感じた。

     目を細めて見回せば、ちらり、ちらり、と散歩している人がいる。親子連れであったり、老人であったり、子供だったり。公園内を歩きまわろうかと考えたが、気が変わった。腰かけるために設置されている丸太で休むことにして、アレクセイはキーラを振り返った。

    「少し、考え事をしたいと思います。一人にしていただけますか」

     この休暇にキーラが同行している理由は、アレクセイの警備も兼ねているからだ。

     反対されるかもしれない、と考えながら、腰から下げている剣を軽く叩いてみた。一人でも大丈夫だというアピールが効いたのか、キーラはうなずいた。それでも、アレクセイからあまり離れないけど、という申し出にうなずけば、あっさり背中を向ける。軽食を販売している屋台に向かった後ろ姿にちいさく笑って、アレクセイは丸太に腰を下ろした。

     さやさやと風に揺れる樹木は政府が植木職人と契約して手入れされたもの、ごみも落ち葉も浮かんでいない噴水は民営組織によって掃除されている。老人や子供が歩きやすいよう道路は整えられ、ところどころ置かれている奇妙な物体は遊び道具だ。屋台も、食中毒が発生しないよう、政府による衛生チェックを受けるシステムが機能している。

     何気ない、本当にくつろげる公園だが、居心地の良さを機能させる工夫があちこちに凝らされている。

     これらのアイディアを提出した、スキターリェツは、故郷ではただの学生だったという。

     それを知れば、たとえばパストゥスの女王は驚嘆するのではないだろうか。この世界において政を行う存在は、王族と家柄によって選ばれた領主及び文官、と、相場が決まっている。だがスキターリェツの世界では、この世界の相場はすでに時代遅れであり、政を行う職業(!)ですら、本人の意志によって選ぶことが可能だというのだ。

     つまりそれは、政を行うためには王族としての血統など必要ない、ということだ。こちらの世界では衝撃的な事実は、世界ひとつを用いて証明までされている。スキターリェツの世界では実際に、王族とは無関係な存在によって政が行われているのだから。

    (なかなか、複雑な事実だな)

     これを知ったら、亡き親友は喜ぶだろうか、嘆くだろうか。想像を巡らせれば、なぜか笑顔の親友が思い浮かぶ。あの曲者な笑顔を浮かべて、あっけらかんと云い放つ姿が。

     ――――よかった。これであなたが「わたし」になっても、罪ではないのですね。

    (よくはないだろう)

     がそう云い返せば、もはや想像のなかでしか会えない親友は、不思議そうに首をかしげる。もちろん、こちらの言い分など把握しているうえでの、作られた無邪気さだ。

     ――――図々しくもわたしは、あなたにとんでもない頼みをしてしまったわけですし。大変な頼みごとをした立場から申し上げれば、あなたに罪が及ばないのなら安心ですよ?

    (おまえ、それがそもそも、おれには関係のない厄介事だと自覚しているか)

     ――――ええ、もちろん。厄介な義務を肩代わりして下さって、ありがとうございます。

     生前そのままの口調で、亡き親友の言い分をまざまざと想像してしまって、彼は脱力した。もしこの場にいたら、親友は間違いなくそう云っていた。そういうやつなのだ。本来、ルークス王国を背負うはずだった王子、アレクセイ・パーヴロヴィチ・スヴェートとは。

     それでも本当に生きていたら、自らの義務を他人に押し付けようとはしない人物だった。

     アレクセイ王太子は、すでに亡くなっている。完全に、完璧に。孤児でしかない、ミハイルと云う記号しか持っていなかった、この一傭兵をかばって。

     だから。

    「王子さま?」

     不意に呼びかけられて、アレクセイは我に返った。舌打ちしそうな自分をこらえる。なぜ、気づかなかった。傭兵である自分が、たかが魔道士の接近に気づかないなど――――。

    「ろくでもない顔をしてる。お腹空いているなら、食べ物、分けてあげようか」

     親切めいた提案は、内容とは反する、冷ややかな声音で為された。

     思わず見上げれば、キーラの濃藍色の瞳は、じっと『アレクセイ』を映している。しっかりと見据えてくる眼差しに、なぜか、逃れられない、と感じた。唐突に、キーラはすべてを知っているのだ、とも感じた。彼が抱える後悔、罪悪感、贖罪の意志。それでいながら、慰めを与えようとしていない態度に、心からゆるんだ。すべて、知られている。

    (すべて)

     アレクセイは丸太から立ち上がり、とっておきの笑顔を浮かべてキーラを見下ろした。するとキーラはたちまち、いやそうな表情を浮かべる。ひどい反応である。同じ笑顔を向ければパストゥスの双玉の片割れは、頬を赤らめてくれたというのに。

    「行きたい場所があります。魔道ギルドに、案内してくださいますか」
    「……云っておくけど、レフの手料理なんて期待しないほうが身のためだからね」

     アレクセイの申し出を、キーラはずいぶんひねくれた調子で受けた。

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