友人たちを王宮に送り届けて、キーラはアレクセイの執務室に足を向けた。
 任務達成を報告するためだが、いちお、感謝を伝えておきたいという気持ちがあった。それから魔道士ギルドで受けたクリスチーヌの依頼も報告しておこうと考えたのだ。依頼を引き受けた以上、キーラもマティアス探索に加わる必要がある。その許可を得ようとしたのだ。

 それにしても、とキーラは不思議に感じている。

 アレクセイたちは、マティアス本人よりマティアスの伝言を重く扱っているようだが、それはなぜだろう、と。魔道士たち及び本物のアレクセイ王子を殺害した人物を放置しておいていいのか、という素朴な疑問がぐるぐると頭のなかで回っているのだ。

(まあ、いままで軽く扱ってきた『精霊王』が関わっているからと考えてもいいんだけど)

 もともと、アレクセイは傭兵だ。だからまったく警戒していなかった危険要素が新たに見つかったら、関連情報を集め、対決に備えようと云う姿勢は当たり前である。だが、反応が偏っている、と感じたのだ。マティアスとの対決について考えてないような気がした。

(とはいえ、あれをどうやって倒せば、という話でもあるけど)

 なにせキーラは、マティアスが一度死に、生き返っている現象を目の当たりにしている。  伝説にも存在しない、不老不死の男をどうやって倒せばいいのか、キーラとて途方に暮れる。ただ、推測はできているのだ。おそらく、マティアスと云う生命体は、なんらかの術を用いて世界に固定されている。だから消滅させたいのなら、その術を解けばいい。

 問題は、術の解析と解除を、マティアスが許すか、である。そんな隙があるかどうか。

 そこまで考えて、そうか、と、キーラは閃いた。

 正直なところ、アレクセイも面倒だからマティアスを放置しているのかもしれない。処刑しようにもできない人間だ。それどころか、存在を広く知られたら、厄介である。

(というか、ウムブラの王太子さまはマティアスをどうするつもりなのかしらねー)

 などと、あれこれ考えていたときである。ちょうど、廊下の向こう側からアレクセイがお供を引き連れ、歩いてくる姿が見えた。執務室に入ろうとしているところで、キーラに気づいたようである。キーラは軽く手を振り、笑ったアレクセイはキーラを待ってくれた。

「王子さま、元気?」

 傍に駆け寄れば、執務室内に導かれた。お供も微笑みながら会釈してくれる。

「それなりに」

 たあいない挨拶にアレクセイは苦笑しながら、ソファをすすめてきた。思わず腰かけると、お供である文官、ユーリーが侍女を呼んで茶を用意させてくれた。

 は、いかん。キーラは考えた。

 ただ、報告に来ただけなのに、すっかりアレクセイの仕事を邪魔する体制に入っているじゃないか。あわてて断ろうとしたとき、アレクセイが深い溜息をつく。やけに疲れたような響きに驚いて、まじまじとアレクセイを見た。向かい側のソファに座り、アレクセイは襟元をくつろげる。普段は隠れている喉仏が見えて、キーラは、ちょっとぎくりとした。

「……どうしたの。ずいぶんお疲れね?」

 視線をどこに向けようか、ひそかに悩みながら訊ねれば、アレクセイはちらと笑った。

「王族の連中相手は、さすがに骨が折れる」
「というか、もしかしてウムブラ王太子さま?」

 魔道士ならではの直感が働いて問いかければ、アレクセイは億劫そうにうなずいた。
 そうだろうなあ、と、深くうなずく。ちらりと見かけたウムブラ王太子一行の様子と云い、友人たちから聞いた振る舞いと云い。ええと、友人はなんと云っていたか。

「自分の影響力をはかりたがる人、なんだってね?」

 そう云えば、アレクセイは小さく噴き出す。傍に控えていたユーリーも苦笑した。

「的確な表現ですね。どなたが?」
「リュシー。マーネの代理人リュシシィよ。ウムブラの王太子さまは、あちらにも面倒事をもちかけたみたい。なんというか、自国の益を追求することに精力的な人なのね?」
「ええ、その通りです。ベルナルド氏とは、王太子対処についてお話ししたかったですね」

 そう云ったあとに、あれをどうやって黙らせたんだか、と、ボヤキ口調で続ける。キーラは、珍しい、と感じた。アレクセイはあまり、弱っているところを見せない。少なくとも、これまではそうだった。なのにいま、キーラは盛大に愚痴られている。

 少しは信頼してくれるようになったのだろうか、とキーラは考えかけたが、ちがうちがう、と思い違いを訂正する。なにせこの場にはユーリーもいる。特定の個人に対する信頼がそうさせたと云うより、アレクセイ自身の変化とみなすべきだろう。なにがあったんだか、と、変化の理由を知りたくなったが、黙っておくことにした。追求するほどでもない。

「で、魔道士たちについては?」

 慎重に訊ねれば、アレクセイは、にやり、と優美な美貌に似合わぬ微笑を浮かべた。

「さすがはギルド長、と云ったところでしょうね。追求はなしです」

 心から楽しそうな微笑に、応えてキーラも微笑みを浮かべた。ざまあみろ、王太子。

『要するに、ウムブラ王太子の特性を利用すればいいのじゃ』

 かの王太子への対応を考えていたギルド長は、にこやかに云い放った。具体的になにをしたのかと云うと、情報操作だ。各国の魔道士ギルドを通して今回の話を広めたのである。ただし、少しばかり、想像をかきたてるように、留意して。

 つまり。

 ――――ルークス王国の魔道士たちは、ギルドの規律に違反した。ルークス国王の要請に従って、国政に関わったのである。本来であれば、規律に従って罰せられるべき魔道士たちはルークス王家の仲裁により処刑を免れた。だが何者かが魔道士たちを謀殺した、と。

 謀殺した、という一文が肝心である。それは話を聞く者にこのような想像をさせる。今回の魔道士たちの規律違反が、その何者かによって意図されたものだからではないか、と。

 加えて、魔道士たちに協力を要請したこのルークス国王が、王位簒奪者だと、国内外に知られている。魔道士たちは都合の悪い事実を知ったから殺されたのでは、と考えた者もいるのだ。あるいは、簒奪王の王位簒奪すらも何者かにそそのかされたのではないか、と。

 この状況下で、ウムブラ王太子が魔道士たちを粛清した、と名乗り出るわけがなかった。

 そう名乗りを上げることは、ルークス王国の王位簒奪にも関わっているのでは、という疑惑を受け止めることになる。他国への内政干渉は、各国に共通した禁止事項だ。自国の利益追求に余念がない、ウムブラの次期国王が、そのような疑惑を身にまとうはずがない。

 ギルド長がそう説明したとき、アレクセイもキーラも深々と感心したものである。

 さすが長年、ギルドを護り、支え続けてきた狸である。起きた事実を偽るでもなく、隠すでもなく、そのまま利用しているところが、さらに抜け目がない。

(こうならなくちゃいけないのかー)

 と、キーラはさらに考え込んだ。このしたたかさ、どうしたら身についてくれるのか。でも同時に、こうはなりたくないとも感じている。なんというか、こんな狸になったら、あらゆる意味でおしまいだと感じるのだ。まったく次期ギルド長とは悩ましい立場である。

「ところで、キーラのほうは? ハナビは順調ですか」
「ええ、それなりにね。ただ、王子さまにお願いがあるの」
「お願い?」

 茶器に口をつけていたアレクセイが不思議そうに首をかしげる。ひとつ頷いて、キーラはクリスチーナ令嬢の依頼について話した。ところが和やかな空気をまとっていたアレクセイが、話を進めるにつれて、眉間にしわを寄せたものだから、キーラは驚いた。

「というわけで、マティアス探索に加わりたいんだけど」

 驚きながらも、きっちり説明を終えて願いを告げると、アレクセイは息をひとつ吐いた。