ワザワイヲホロボシタワレワレニ、テッツイヲクダスタメニ――――。

(なに、それ)

 ロジオンが告げた言葉は、まるで異世界の言葉のように響いた。理解できない言語のような言葉は、でも遅れて意味を理解できた。災いを滅ぼした我々に、鉄槌を下すために?

 ふざけるな、と、キーラはいちばんに感じた。

 災いを滅ぼしたからなんだと云うのだ。鉄槌を下す? なにさまのつもりだ、精霊王とやらは。災いが存在したから、代々、ルークス王家は過ちを犯し続けた。本来、無関係であるはずの異世界人を召喚し、無責任にも無慈悲にも、生贄として災いに捧げてきた。捧げざるを得なかったのだ。だから災いを滅ぼした、そんな事実を咎められる筋合いはない!

 キーラは黒点を睨みつけ、「ロジオン」と鋭く呼びかけた。

 はっきり云って、まだわからない部分がある。でも本質的に悟った事実がある。

「つまり、あれは精霊王の武器なのね? いまから攻撃を仕掛けるつもりなの、精霊王は?」

 振り返りながら質せば、ようやく乱れた息を収めたロジオンがうなずく。

「そうだ。テンクウヨウサイ、と精霊たちは云っていた。魔道を使わなくても、地上に向けて攻撃できる仕組みがある、と、――――精霊の長が教えてくれた」
「ふうん、天空要塞。まさか、この世界にそんなものがあるなんてねー」

 複雑な響きでロジオンが告げれば、会話に割り込んだ人物がいる。キーラもロジオンも驚かない。なぜならすでに、ぞろぞろと魔道士ギルドから魔道士たちが現れていたからだ。

 剣呑に微笑んだスキターリェツは次第に姿を現した遺跡、天空要塞を見つめて口を開く。

「やれやれ。まったく、どこの世界でも権力者の思考ってろくでもないねっ。なんで天空要塞なんてものを、後生大事に、この時代まで保存しているのさ」

 するとヘドヴィカが、さりげなくスキターリェツに身を寄せながら口を開く。

「おっしゃる通りですわぁ。でもこの場合、具体的にどうしたらいいと思われますぅ?」
「攻撃は最大の防御。向こうが攻撃してくるより先に、こっちから攻撃したらいい」
「だめよ」

 ヘドヴィカの問いかけに、あっさり答えたスキターリェツだったが、キーラは鋭く言葉をはさんだ。いっせいに集まった視線の前で、武骨な天空要塞をまっすぐに指差す。

「どうやって攻撃を仕掛けるのか、って問題もあるけどね。見なさいよ、あの大きさよ? 無力化に成功したあと、地上に落ちてきたらどうするの。サルワーティオーはけっこう密集してる。公園にうまく誘導したとしても、他にまったく被害がないとは思えない」
「じゃあ、どうするのサ!」

 苛立ったように、ドミニクが壁にこぶしを叩きつける。厳しい面持ちの同僚たちへ、に、とキーラは笑いかけた。案が閃いた。キーラ一人ならどうしようもないけれど、ここには世界に十三名しかいない、紫衣の魔道士がそろっているのだ。だから出来ることがある。

「あら、お忘れ? この数日、あたしたちは何の研究をしていましたか」

 くるりと魔道士たちを見まわす。不思議そうだった魔道士たちは、やがて気づいた。

「まさか、キーラ」
「その通りよエルヴィーン。王都か、天空要塞か。どちらかを暗闇で覆うの」

 要するに、ハナビを際立たせるために研究した魔道を試してみようと提案したのだ。

 大胆と云えば、大胆。大ざっぱと云えば大ざっぱな提案に、魔道士たちは言葉を失い、顔を見合わせた。眼差しだけでお互いの考えを確認し合う同僚たちにキーラは向き合う。

 なんとしても、精霊王の暴挙を防がなければならない。  脳裏によぎる面影は、それなりに顔見知りになった王都サルワーティオーの民たちだ。何者であろうと、善良な彼らに攻撃するなど認めない。それになにより、今日はアレクセイにとって重大な日だ。悲劇など起こしてたまるか、と芯から奮い立つ心地がある。

「――――あたしたちは、すでに選んだでしょう。魔道士ギルドの未来のために、ルークス王国新王につくと。だったらこの場合、するべき行動はたったひとつじゃない?」
「キーラ。でも、」
「たかだか統一帝国時代の遺物がしゃしゃり出たくらいで、なによ。どれほどの力を持っていようと、しょせん、滅びるしかなかった国の遺物じゃない。いまを生きている、それも最高位の魔道士であるあたしたちが、簡単にやられるはずないわ。ましてや、攻撃を仕掛けるんじゃない。ちょっとした目くらましをかけるだけよ? 成功するわよ、確実にね」

 どこまでも強気に云い切って、にやっと笑みを浮かべる。

 正直に云えば、言葉ほどキーラは強気だったわけではない。王都か、天空要塞か。いずれかを暗闇で覆ったところで、いまさら攻撃をためらうだろうか、という疑問があった。

 ただ、なにもしないよりましだ、と感じていたにすぎない。スキターリェツが告げるように、攻撃を仕掛けられたらよかったのかもしれない。でもすでに伝えた通りの危惧があるからには、慎重にならざるを得ない。攻撃するわけにはいかないのだ。

「……そうだね。しょせん、たかが暗闇魔道だし」

 沈黙していた魔道士たちで、いちばんに口を開いた人物はスキターリェツだ。
 いつもの、ひょうひょうとした笑みを浮かべたまま、あっさりと私見を告げる。

「それによくよく考えたら、攻撃しかけようとも、あちらさんは結界を張っている可能性があるよねー。ほら、ルークス王国を鎖国状態にしていた結界。自分にとって都合の良いもの以外を排除する結界だよ。あれって遺跡の機能を利用した結界だった、そう云えば」
「攻撃されるならともかく、彼らにとって王都が暗闇で覆われるのは想定外、と云えるか」

 スキターリェツの言葉を受けて、クラウスが低くつぶやく。ヘドヴィカが微笑んだ。

「でしたらぁ、試してみるとしましょうかぁ。失敗したとしても、このまま攻撃を受けるよりマシですしぃ」
「人間、想定外の事態が起これば警戒する。なにより、次期ギルド長の指示だからな」

 にやっと笑ったブラッドが、キーラを見やりながら云ったところで、同僚たちは心を決めてくれたらしい。うなずき合っているところに、沈黙していたロジオンが口をはさんだ。

「だったら王都を対象にしよう。天空要塞が対象なら、侵入してるギルド長の邪魔になる」
(じいさまが、あれに侵入してる?)

 新たに知らされた事実に動揺したが、キーラは動揺を抑え込んでうなずいた。
 ただ、力づけるように、ブラッドがキーラの背中を叩きつける。近づいてきた天空要塞を睨んだ。すでに一般民も気づいて、騒いでいる声が聞こえた。ただ、魔道士たちが集まって話し合っているさまにも気づいていたから、こちらに注意を向けている民もいたが。

「キーラ」

 理想的な陣形は、それぞれが王都の四方に散る陣形だ。ただ、時間的に難しいからギルドに集ったまま、紫衣の魔道士だけで魔道をかける。同時に、キーラはロジオンに王宮に向かうように指示した。

 詳細を知らせるためだ。王子から招集されていないからロジオンは王宮に立ち入れないが、キーラの身分証を委ねた。臨時の通行証になってくれるはずだ。

「みんなで魔道をかけよう。でも、魔道の維持は僕一人で充分だよ」
「スキターリェツ」

 彼がそう提案した理由を察して、キーラは複雑な心地で言葉を失った。  いまからおそらく、精霊王と対決することになる。だからそのときのために、出来る限り、自由な戦力を残しておこうと考えたのだろう。だがそれは、負担がスキターリェツひとりにのしかかるということだ。許容できるはずがない、と考えて反対しようとしたら、ヘドヴィカがころころと笑いながら、キーラの心配を一蹴した。

「でしたら、あたくし、キョウさまのおそばに控えておりますわぁ。もしものときは、あたくしが維持します。ふふふ、これなら意地でも倒れられませんわねぇ、キョウさま?」
「ああ、うつくしいひと。まったくその通りです。あなたにつらい思いなどさせやしない」

 なにやら盛り上がっている二人を眺めていたら、気が抜けてしまった。

(維持くらいなら、ぎりぎり、二人で大丈夫、かな)

 頭のなかで素早く計算して、キーラは決断した。なにより、スキターリェツは異世界渡りの魔道士だ。紫衣の魔道士のなかでも、突き抜けた実力の持ち主だと、キーラ自身が知っている。うん、とうなずいて、それぞれ詠唱の準備を済ませている同僚を見た。力強いうなずきを得て、キーラは太陽が輝く東に向き直り、ぴんと天空要塞を指差した。つー、と大気に満ちている力を集め、腹に力を込めながら言葉ヴォールズを唱える。

「輝かしき暁の王よ。いまはまだ、あなたが訪れるべき時間ではない」
「輝かしき暁の王よ。いまはまだ、あなたが訪れるべき時間ではない!」

 紫衣の魔道士たち全員が声を合わせて、組み立てた言葉ヴォールズを朗々と唱える。

 この五日で組み立てた、王都全体に影響を及ぼす魔道の構成を、キーラはあざやかに想い描きながらさらに続ける。昨夜、王宮の許可を得て、王都の四方にうずめた魔道具も発動させる言葉ヴォールズも唱え、キーラは暗闇を招く魔道を完成させる。

「ゆえにこそ、輝かしき歩みを、ひとたび留めたまえ。慈悲深き宵の女王よ。どうぞ麗しく馨しい御腕を広げたまえ。この地にある我らはまだ、眠りの内にありしもの。望みしもの。御身がもたらす優しい御手に、恋い焦がれる者である!」

 二度にわたる詠唱が終わり、魔道士にしか見えない力は、魔道士たちがつむいだ言葉ヴォールズの振動と共に、たちまち大気に溶けて、遠く近くに、凄まじい勢いで広がっていく。魔道具も力強く発動した事実を、キーラたち魔道士は空気から感じ取った。

 こうして、王都サルワーティオーは、暗闇で覆われたのだ。