(天空要塞に乗り込め、か)

 王宮に到着した馬車から降りながら、キーラは身体をねじって天空を振り仰いだ。
 ハナビが展開されている暗闇に遮られて、本来あるべき青空、浮かんでいるだろう天空要塞はまるで見えない。だから天空要塞が浮かんでいる高度はさっぱりわからない。ただ、相当に高い位置にあるとは推測できた。とすると、肉体に浮遊魔道をかけるという直接的な方法で乗り込むことは不可能だ。

(となると、方法はたったひとつしかないよね)

 ギルド長はその方法に必要なものを用意してくれているんだろうか。眉間にしわを寄せて考え込みながら、先導してくれている文官に従って歩いていると、前方から人が近づく気配がした。

「キーラ!」

 同時に名前を呼びかけられたから顔をあげれば、いつもにもまして、気合の入った服装の友人たち、リュシシィとメグがさかさかと早足で歩み寄ってくるところだった。一瞬、対応に迷う。友人たちは、真実を知らされているのか、そうではないのか。だが、確認するよりも先に、二人はにっこりと、それぞれ個性が現れた笑顔を浮かべてみせた。

「一人では行かせませんわよ、キーラ。わたくしもお手伝いしますわ」

 ものやわらかに、有無を云わせない笑顔でメグが云えば、優雅であるものの、癖を感じさせる笑顔でリュシシィが言葉を続ける。

「わたしはマーネの代理人であるゆえ、同行はできぬ。じゃが、王宮の護りは必要であろ?」

 ぽかんと間の抜けた表情をさらして、キーラは交互に友人たちの顔を見た。

 ぷ、と、姉妹は吹き出して笑い始めたから、直ちにキーラは我に返った。
 いかん、ちょっと呆けた。でもこの展開じゃ無理ないよね、と考えながら説明を求めて文官に視線を送れば、彼は申し訳なさそうに眉を下げて、ひそっと教えてくれる。

「実は、ロジオンどのが殿下に報告されたとき、お二人はその場にいらっしゃったのです」
「アレクセイ殿下にしてみれば、厄介なことこのうえないがな!」

 軽く肩をすくめ、やや皮肉な調子でリュシシィが説明を引き取った。  文官に従ってアレクセイが待つ部屋に向かいながらも、どういうことかと訊ねれば、同様に歩き出しながら、友人たちは答えてくれた。つまり、二人が早起きした理由は、王宮で騒いだ人物がいたからだという。なにに対して騒いでいたかというと、もちろん、空に浮かんでいた天空要塞に対してだ。

 げ、と、キーラは顔をひきつらせた。

 すでに目撃した人物は街にもいたとはいえ、天空要塞を隠す意味でも暗闇の魔道を行使したと云うのに、よりにもよって、王宮に目撃者がいたとは、という心境である。

 もちろんまったくゼロだと考えていたわけではない。ただ、空に見慣れぬモノを見て、素直に騒ぎ出すような目撃者は、早朝だから存在しないだろうと考えていたのだ。

「……王宮関係者なら、騒ぐよりもすぐ、王子さまに報告するわよね……」

 騒いだ人物が何者なのか、うすうす察しながらも、つい、答の先送りを求めてしまった。
 だが友人たちは、ざっくりあっさりとキーラの希望を無視してくれた。

「王宮関係者ではなかったからの。ここを我が家と思って、どうかくつろいで欲しいとは、ありふれた歓待の挨拶なのじゃが。客人が過ごしやすく取り計らうのも、当然のもてなしなのじゃが、この場合、完全に裏目に出ておったな」
「要するに、早朝訓練をされていた、パストゥスの王女さまがお気づきになったのですわ」
(……マリアンヌさま……っ)

 なんでだ。なんでよりにもよって、厄介な人物が活動してたのだ。どうして訪問先の国で早朝訓練をしている。休めよ遠慮しろよこんな時くらい、と考えながら、もしや先日の対決がマリアンヌ王女のやる気に油を注いだ結果になったのでは、と、キーラは慄いた。

「さらに」
「まだいるのっ?」

 悲鳴のような声で訊ねれば、むしろ面白がるような口調でリュシシィが続ける。

「もちろんじゃとも。まず、姉王女が迷惑をかけておらぬかと探しに来たロズリーヌ王女であろ。それから人の弱みを探り出す行為がお得意な、ウムブラの王太子どのじゃ」

 うあ、と、キーラは低く喉の奥で呻いていた。

 よりにもよって、と、アレクセイがため息つくさまが想像できてしまった。
 幼馴染に、深く考えない男だのなんだの、けちょんけちょんに云われていたアレクセイである。頭を抱えたに違いない。もちろんキーラも同じ心境である。なんて面倒くさい事態になっているんだ。王族ならば王族らしく、臣下に守られて熟睡でもしろよいっそ寝坊しろ、とまで考えてしまった。

 だが、現実である以上、じたばた騒いでもしかたがない。

 ひとつ、息を吐いてキーラは見慣れた執務室の前に立つ。さすがに友人たちも口をつぐんで、キーラの両脇に並んだ。三人の様子をうかがっていた文官がうなずいて、入室の許可を求める。返ってきた応えに、思わずキーラは口端をもちあげていた。

(まだ、大丈夫そうね)

 扉越しに聞こえてきたアレクセイの声は、生気にあふれた力強いものだった。それはつまり、アレクセイがまだ、精神的に参っていない事実を示している。気づいてしまえば、芯から奮い立つ心地になった。何とかできると、心の底から力強い感情がこみあげてくる。

 どんな時でもアレクセイを支えると決めたのだ。味方でいると、彼のしあわせのために力を尽くすと。そう決めたキーラが、いつまでも見苦しく、動揺などしていていいはずがない。窮地に陥っているはずの本人が、まだ現状を諦めていないのなら、なおさらである。

 文官の手によって執務室の扉が開き、正装をまとったアレクセイが目に入ったとたん、キーラはにっこりと微笑みを浮かべた。驚いたようにアレクセイは目をみはり、だがすぐに優美な美貌に似合わぬ不敵な微笑を浮かべる。ほんの少しだけ、微笑が二人をつなげた。