「魔道士ギルドのルークス支部長に、マーネの守護者たちか」

 低く艶めいた男の声が、執務室に響いた。初めて聞く声だ、と気づいたキーラが視線を向けると、長い金茶色の髪をひとつにまとめた男が腕を組んでこちらを眺めていた。

 威風堂々とした風格は、さすがに大国の王太子といったところか。姿だけなら見かけたことがある。紺碧色の瞳を向けてくる彼が、ウムブラの王太子、フレデリックだ。

 とりあえずキーラは丁重に頭を下げ、いまさらながらに名乗りを上げた。友人たちも優美に裾を持って、頭を下げる。そうしながら、どうしてウムブラの王太子は自分を知っているのだろう、と考えたが、すぐに答えを与えられた。フレデリックが言葉を続けたのだ。

「魔道士ギルドにいたころは、つまらぬ娘だとしか思えなかったが、ちっぽけなわがままを通したからか? 生意気そうな顔つきになっている。ようやくニコライも安心できるか」

 どうやらギルドにいたころ、キーラを見かけたころがあったらしい。なるほど、と納得できたが、頭を下げたまま、キーラはピクリと眉を反応させた。

(なんだとう?)

 ずいぶん失礼な物云いだ。さすが大国の王族だ、ごく自然に傍若無人でいらっしゃる、と考えながら、頭を上げる。アレクセイやロジオンが苦笑し、マリアンヌやロズリーヌ王女が顔をしかめているさまが見える。王女たちへの好感度が、ちょっとだけ上がった。ところが、少々、早とちりだったらしい。

「いまさらだが、フレデリックどの? なぜあなたがここにいらっしゃるのか」

 マリアンヌ王女がつけつけと云えば、ロズリーヌ王女も憂いた口調で続ける。

「側近のかたがお探しになっておいででしたわ。お戻りになったほうがよろしいのでは?」

 どうやら二人の王女は、アレクセイの立場を考えてくれたようだ。これからこの執務室で対天空要塞に関する話し合いをするから、ウムブラ王太子を追い払おうとしている。

 ただ、残念なことに、キーラにも二人の意図は読み取れたのだ。フレデリックも当然、二人の王女の思惑に気づいた。にやり、と男性的に整った顔に笑みを浮かべる。

「それを云うなら、パストゥスの宝玉たちも同じだろう。なぜ、ここにいる」
「天空要塞を見つけたのはわたしだ。そのわたしには詳細を聞く権利がある!」
「わたくしにはおねえさまを抑える義務がございます」

 あちゃあ、と、見守っていたキーラは、額を抑えたくなった。なにせ王族たちの前だから失礼な行為を控えたが、眉間にしわを寄せる行為は抑えきれなかった。

 正直であることは美徳だが、勝手な理屈まで披露してどうする。心の底から思った。

 くつくつと楽しげに笑いながら、フレデリックはちらりとアレクセイを見る。

「ならば俺には、参列者を代表して現状を確認する権利と義務があると云っておこうか。――――なあ、アレクセイどの。まさかいまさら、この俺だけを追い出しはしないだろう?」

 苦笑をたたえていたアレクセイは、目を細めながらフレデリックに応えた。

「追い出せば、大きな声で騒がれるおつもりでしょう」
「さすがだ、アレクセイどの。よくぞ俺の思惑を読み取った」

 からかうような口調で応じながら腕をとき、フレデリックはロジオンに視線を流す。一瞬、冷酷な表情をのぞかせ、「報告しろ」と低く命じた。ロジオンの表情が消えた。すっとフレデリックを見返し、なにか云い出そうとしたとき、アレクセイが重ねるように告げた。

「お願いします。いまは、時間が惜しい」
「……かしこまりました、アレクセイ殿下」

 フレデリックではなく、アレクセイの命令に従うのだ、という形を整えて、ロジオンは背筋を伸ばし、話し始めた。キーラの視界の隅で、フレデリックが口端をもちあげる。愉快そうな様子に、厄介な王子さまだわ、とキーラは考えた。どうやらロジオンの直情的な性格が、フレデリックはお気に召したらしい。おそらくは、反発したところも。ひねくれものね、と内心で評しながら話を聞く。

「まず、現在、稼働している天空要塞はサルワーティオーに接近しているひとつだけです」
「ほう? 多数の精霊たちが、災いによって魔道能力を失った事実と関係しているのか」

 フレデリックが口を挟んできた。キーラはその言葉に、これまでルークス王国で起きたすべてが知られている事実を悟った。王女たちも動揺していないところをみると、アレクセイたちが説明したのだろう。ひやりと背筋が冷えた気がしたが、黙っておいた。

「もちろんです。天空要塞は、精霊十五氏族がひとつずつ所有するもの。今回、天空要塞を動かしているのは、魔道能力を失わなかった、ただひとつの氏族です」
「たったひとつの氏族しか動かせぬとは、精霊王とやらもたいしたことはない。それで? 天空要塞を撃破する方法は?」

 なぜかロジオンはためらいを見せたが、アレクセイに促されて、一度閉じた口を再び開く。肝心要の話題に、キーラも心を引き締めた。たった一言だって聞き逃しはしない。そんな気迫で備えたが、続いた言葉に肩が下がった。

「天空要塞内にいる、精霊王を消滅させることです」
(精霊王の消滅。……意識体を消滅させろ、ってことね)

 かすかに眉を寄せてキーラは考え込んだ。意識体は、まず、普通の武器は通用しない。だからといって魔道が通用するかといえば、それも疑問だった。なぜなら魔道は、物質に作用する力だ。物質である肉体の影響を免れた意識体に通じるはずがない。

(じいさまには手があるんだろうけど)

 なにせ、いままでギルド長が実行できない策を考え出したことはない。ただ、仮にも最高位の魔道士として広範囲の知識を修めたキーラにも見当がつかないだけに、不安がある。

 なにを考えているのか。すでに無茶をやらかしているギルド長は。

 だが、いまは、ロジオンの話を確認するほうが大切だ。ようやくキーラは口を開いた。

「天空要塞に乗り込めという伝言を聞いたわ。これって、転移術を使え、ってことね?」

 ロジオンは少し唇をほころばせ、ごそごそと上衣を探る。隠しから取り出したものは、水晶球だ。言葉ヴォールズが刻まれている魔道具をキーラに手渡してきた。

「その通り。それと対になる魔道具をギルド長はお持ちになっている。問題は、だれを連れていくか、だと思うけど、……殿下」

 そう告げて、次にロジオンはアレクセイに向き直った。がばっと頭を下げて懇願する。

「お願いします。どうかわたしを天空要塞に行かせてください。あそこには父が、長年、わたしの面倒を見てくれた精霊たちがいるんです」

 あ、と、キーラはつぶやいていた。そうか。魔道能力を失わなかったただ一つの氏族、という言葉で気付くべきだった。

 その一族とは、キーラの前で圧倒的な魔道を行使した長の一族しかありえなかった。

 だとしたら、ロジオンが行きたがる気持ちもわかる、と考えながら、手のなかの魔道具を確認する。刻まれた言葉ヴォールズを読み取った。それによると天空要塞に連れていける人数は、三名だ。ほっと息をつく。アレクセイが問いかけるような眼差しを向けてきたから、キーラはうなずいた。大丈夫、ロジオンも連れていける。

「いいでしょう、許可します。キーラ、あと何名連れていけますか」
「一人よ。あたしとロジオンと、」
「わたしだなっ!」

 メグ、と続けかけた言葉にかぶさるように、マリアンヌ王女が元気よく主張した。

 げっそりしながら見やれば、意気揚々と瞳を輝かせている。現在の状況、本当に理解しているんだろうか。半目になって眺めると、マリアンヌ王女は不満げに唇を尖らせた。