いつかまた。再会を希う心に、資格など無粋です。 (1)

     遠く遠く。なぜかどうしようもなく懐かしい声が、キーラの名前をくりかえしていた。

     なにも考えられない、ぼうっとした状態のまま、キーラは声が響く方向に歩こうとする。でも近づけない。あたりまえだ、なぜなら身体はまったく動かないのだから。

     それでも、不思議なほど、意識に響く声に惹かれる。

     どうして。なにげなく、ちらりと生まれた思考が、覚醒のきっかけだった。

     ぱちりとまぶたを開いた。

     クリアに目覚めた意識はいっきにたくさんの情報をとりこむ。ひんやりと冷たい空気、背中に触れるゴツゴツした感触、新鮮な水と緑の匂い。まばゆい光とあざやかな青。それらを感じているうちに、自分の状況を思い出した。視界の先にある、青空を改めて見直す。

     青空には雲ひとつ浮かんでいない。いまいましい天空要塞もだ。

    (自爆成功、生還成功、か)

     地面に横たわったまま、キーラは唇をほころばせた。

     安堵が身体をゆるませる。服が汚れるからすぐに起きあがろうという発想はなくて(なによりいまさらだ)、そのまま、しばらく横たわっていた。

     あの爆発からどのくらい時間がたっているのか、さっぱりわからない。だからサルワーティオーの状況がとても気にかかる。アレクセイの即位の式典は無事に執り行われたのだろうか。王宮の客人たちやルークスの民に、天空要塞の存在は隠し通せただろうか。スキターリェツはどうなった。ギルド長やロジオンたちは。

     気がかりはたくさんある。けれどいちばん危ない場所にいたキーラがこうして無事なのだ。きっとうまくいったにちがいない。そう考えてもいいのではないだろうか。

     少なくとも、いま、この瞬間くらいは。

     そう考えて、うっとりと、まぶたを閉じた。正直に言えば、まだ、動きたくないのだ。けがをしているわけではなくて、ただ、億劫である。いずれは起き上がってサルワーティオーに戻らなければならないとわかっているが、いまは休んでいたい。わりと疲れてる。

     うとうととあいまいにぼやけてきた思考は、ふと、目覚めの寸前に聞いていた声に向かった。

     だれかが、呼んでいた。キーラを呼んでいた。

     だれだったの、と、改めていぶかしく感じたところで、さくさくと草を踏みしめる音を聞いた。足音だ。だれかが近づいている。ぴくりと指が反応する。同時に、明瞭な声が響いた。

    「驚いたな。まさかと思っていたが、ちゃんと生還してやがる」

     まぶたを閉じたまま、キーラは顔をしかめた。

     もう少し、だらだらしていたかったのに。内心の不満を表情に出し、うっそりと開いた瞳で、そばに立っている人物をにらみ上げた。

    「なんで、あなたがここにいるわけ。マティアス」

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