いつかまた。再会を希う心に、資格など無粋です。 (3)

     天空要塞自爆後、キーラが倒れていた場所は、王都サルワーティオーから馬で半日ほど走らせたところだった。王宮の様子も魔道ギルドの様子も知らされず、ただそれだけを教えられ、キーラはもどかしく感じながら、あちこち身体の動きを確認した。

     痛みなど自覚していない。それでもどこか、おかしくなっているかもしれない。不安になったのだが、とりあえず、異常はなかった。

     マティアスは黒毛の、キーラは栗毛の馬を、それぞれパストゥスとの国境へと走らせる。十年前、本物のアレクセイ王子が次代精霊王と呼ばれる魂を解放した場所だ、と、マティアスは語った。しかし、とつまらなさそうに、マティアスは続ける。

    「おれに言わせれば、精霊王という呼称自体、ばかばかしいんだがな」

     そうでしょうね、と、キーラもしぶしぶうなずいた。

     結局のところ、精霊王とは統一帝国の再興を望んで黄金きんの女帝の肉体に永続魔道をかけた魔導士本人だ。女帝への忠誠心にあふれた精霊たちを掌握するため、彼らの生活に便宜を図り、ときには導きもしたため、精霊王と呼ばれるようになったが、根本的なありようが王ではない。治世者の器ではないのだ。最終的に精霊たちを駒としか考えておらず、だからこそ、ああいう末路を迎えてしまったのだといえる。

    「なら、こう言い換えるとしましょうか。次代精霊王ではなく、ルークス王家始祖の意識体、と」

     そうだな、と、マティアスは口端だけで笑った。

     そう。次代精霊王といえば響きがいい。だが実際のところ、その正体は、精霊王によって強制的に意識体にさせられたルークス王家の始祖なのだ。ルークス王国の管理をゆだねられた、だからこそ、統一帝国再興の計画を共有する義務がある。そんな、むちゃくちゃな論理でこの世界に縛りつけられた存在だ。

     唐突に、くらりとめまいを感じたから、キーラは馬を操る手綱を少しゆるめた。速足程度の速度に落とし、ぐりぐりとこめかみをおさえる。

    「大丈夫か」

     同じように速度を落としたマティアスが、隣に並びながら訊ねてきたが、キーラはあいまいにうなずいておいた。

     精霊王と呼ばれていた魔導士から得た知識は、次から次へと、まるで泉のようにあふれてくる。統一帝国時代の魔道的構成や、現代までに至る長い歴史が、ひとつの単語が呼び水となって、キーラが蓄えた知識や常識を圧倒する勢いで、襲い掛かってくるのだ。

    「ちょっとした混乱よ。もう少ししたら落ち着くと思うけど」
    「休むか?」
    「本当の意味では休めないから、いつも通りにさせて。……アレクセイ王子は、どうして始祖の魂を解放したのかしらね」

     あいまいに付け加えて、ぱしっと手綱をふるった。馬が速度をあげる。

     十年前、アレクセイ王子はパストゥスとの国境で始祖の魂を解放した。  だが少しばかりおかしな行動である。

     叔父への報復ならば、地下施設の扉を閉じる紋章を王宮から持ち出せた時点で果たせている。おまけに当時、アレクセイ王子は「灰虎シェールィ・チーグル」に預けられていた。傭兵として今後を生きなければならないという事態だったのだ。どんなに危険な状況でも、自分を守ってくれるだろう存在を、あえてわざわざ解放する理由がわからない。

    (解放していなかったら、マティアスに殺されなかったでしょうに)

     ちらりと浮かんだものは、決別した夢への未練ではなく、単純な疑問だ。

     アレクセイ王子の思惑を不思議なものとして感じながら、キーラは自分の感覚がすっかり変わってしまっている事実に気づいた。

     あれほど長いとき、あれほど輝かしい感触で追いかけ続けていた夢が、まるで色あせたかのように、想いを馳せても感情が落ち着いている。

     気づいたとき、ちょっと驚いた。

    (だってあんなに、傷ついたのに。たくさん泣いて、無理やり切り捨てるように夢をあきらめたのに、さらりとした感触で思い返せるなんて)

     本当は、それほど熱心に夢見てたわけじゃなかった? 

     むくむくと疑いがもたげてきたけれど、そうじゃない、とキーラの一部分が力強く否定する。ただ、優先事項が変わっただけ。たくさんの事実を知り、さらに経験を積んだから、基本的なところが変わっただけ。

     そうかもしれない、と、自らの主張へあいまいに同意して、キーラは馬を走らせた。

     自分と向き合う必要性を改めて感じたけれど、それはいまでなくてもいいはずなのだ。

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