Contact story

 

[惑星ホゥリア]
地表面積の八割を海洋が占める開発途上の辺境惑星。
星歴342年アル・ザンク船長の「アルシャーク」によって発見される。
星歴356年地球から約500万人の移民を受け入れる。

 

温かなコーヒーの煙が落ち着いた雰囲気の部屋の中で揺れていた。
オフホワイトの壁にはめ込まれた大きめの窓には宇宙空間と天然の光と人工の光とがつくりあげた見事なイルミネーションが映し出されている。その夜景をこの部屋の主がどこか憂いに沈んだ様子で眺めていた。

彼の名前はカイ・ルーベルク。惑星ホゥリア開発の中心的存在”ルーベルク”会長の次男坊で、深い紺色の瞳が印象的な青年である。彼自身としては人類発祥の地である地球に住み着いて、一生を歴史や遺跡の研究で終えるつもりだったのだが、ルーベルクに産まれたことと弟想いでありながら強引な兄を持ってしまったことが現在彼が置かれている状況を作り上げてしまっていた。もっとも彼は定められた2年間という期間を終えたら自分自身の立てた人生計画に戻るつもりであるが。そんな彼を悩ませてみるものと云えば、数カ月ほど前から起こっている行方不明事件である。

最初の行方不明者は北半球最大の大陸、ギルケ地区に住む若い夫婦の長男キール・ライスター少年だった。 いつものように近くにある遊び場に行ったまま行方不明になり、次の行方不明者のザック地区在住だったステファン・シュルツがその十日後に姿を消した。それから1週間に5、6人の割合で行方不明者が出ており、すでに60人ほど姿を消している。数日ほど前――カイがホゥリアに着いた日の翌日にも同僚となった男性が社宅への帰り道から、行方が知れない。

ただの事故か、それとも何者かによるものなのか?
カイはそのふたつの可能性を重視して捜索させている。しかし手がかりは全く見つからない。
念の為残るもう一つの可能性、つまり自分から姿を消すと云う線からの捜索も始めたが、今この段階ではその可能性は薄いように思える。とにかく一番気にかかることは、

(皆、無事でいるといいのだが)

最初の事件発生から既に二ヶ月以上経っていた。冷静に考えてみると、その可能性は低いように思える。
しかし希望よりも諦めをその瞳に強く浮かべるようになった人々を想うと、行方不明になった人々が全員無事であることを願わずにはいられない。カイが手を伸ばしコーヒーカップを持ち上げた時、こんこんと云うノックの音がした。

「失礼します」

入ってきたのは二十代半ばの女性である。カイには見覚えがあった。確かヨシノとかいう名前だったはずだ。

「コーヒーをお持ちしました」
「ああ、ありがとう」

とりあえずそう云ったものの、カイはやや困惑したようにミス・ヨシノが持ってきたコーヒーと先程自分で淹たコーヒーを見比べた。

ふたつとも飲むとなると、胃がたぷんたぷん云いそうだ。しかし女性の善意を断るほどの度胸を解は持ち合わせていなかった。一気に手中のコーヒーを飲み干し、ミス・ヨシノのコーヒーを持ち上げる。なにげなくカップを見下ろし、そこで強い視線を感じて顔をあげた。ミス・ヨシノがこちらを見ている。

「……なにか?」

カイが訊ねると、ミス・ヨシノは首を振りうつむいた。それでもちらちらとカイの手元に目を向ける。

(……?)

カイは手元を見た。そうするとコーヒーカップが目に入る。中でゆらゆらとコーヒーが揺れていた。

(ああ、そうか)

「ミス・ヨシノ。飲み終えたらきちんと後片付けをしておきますからご心配なく」
「え? え、あの……けれど」
「大丈夫ですから。もう仕事時間は済んでいるのですから、気をつけて帰ってくださいね」

ミス・ヨシノはなぜだかひどく悩んでいるようだった。カイではなくコーヒーカップを見つめていたが、やがて頷いてドアを開いた。

そして廊下を見下ろして立ちすくむ。同時にカイもコーヒーカップを机の上に置いて立ち上がっていた。

廊下には1人の少年がひとり立っていたのだ。
所々金の筋が入っているやわらかそうな茶色の髪の下、明るい茶色の瞳がのぞいている。勝ち気そうな印象を与えるその少年にカイは見覚えがあった。だが実際に会ったわけではない。写真を何度も見たのだ。

最初の行方不明者、キール・ライスター少年である。
なぜここに来たのか。いままでどこにいたのか?
訊ねたいことはたくさんある。しかし何よりもいちばん強くカイが感じたのは安堵の感情だった。
カイは少年に釘づけだったため、気づかなかった。机に置いたコーヒーカップの中の液体がゆるゆると立ち上がってきたことを。しかしそれに気付いたものは1人だけ。

「待て!」

凛とした、高い少年の声。

「手を出すな」

そう云ったのは茶色の髪と瞳をもつ少年だ。その幼さに似合わない厳しさでカイの手元を睨んでいた。

(どうしたというんだ)

なにか様子がおかしい。少年の視線をたどり、立ち上がっているコーヒーを認めてカイは立ちすくんでしまった。

「なにぐずぐずしている!」

少年の叱咤に反射的に身体が動いた。素早く窓際に寄る。その間に立ち上がったコーヒーは徐々に色を落とし、透明な水のような液体へと変わっていった。水よりしっかりしているようである。それは息をつめて見守るカイに構わずに少年の方に意識を集中しているような動きを見せた。

カイは少年を見つめた。少年はコーヒーとミス・ヨシノに視線を移している。

(ミス・ヨシノ?)

ミス・ヨシノは青ざめつつも少年を見つめていた。

「おまえはオクタヴィカの一族のものだな」
(オクタヴィカ? なんのことだ)
「ここ最近オクタヴィカは長老方の決定を待たずに勝手に行動を起こしていると聞いていたが」

その通りだったようだな。低く笑いながら告げる様子はとても十歳の子供とは思えない。

(……別人なのだろうか)

これほどそっくりな?

(だが……)

今の、迫力ある言動はなんだ。

「その男はたしか”るーべるく”とやらの次男坊だったと記憶しているが、その彼を狙った訳を話せ」

ちらりとカイの姿を視界に入れながら少年は告げた。ミス・ヨシノはきっぱりと首を振った。

「いくらあなたが十(とお)の一族の長のうち、最も長老方に近い存在であるお方でもその命令には従えません。我らはオクタヴィカさまを長として仰ぐ身なのですから」
「ふん」 唇をゆがめて、「口止めされるような目的なのか」

カイは水色のスーツに身を包んだ女性を見つめた。

(僕に何をしようとしたんだ?)

彼女が持ってきたのはコーヒー。ちらちらとカイが飲むのかを気にしていた。コーヒーの中から出てきた、立つことが可能な透明な液体。

(僕にあれを飲ませるつもりだったのか……?)
「ミス・ヨシノ。君は」

するりとコーヒーカップから半液体が出てゆき、近寄ったミス・ヨシノの差し出した手に移動した。それを見た少年が一歩踏み出す。

「行かせはしない。おまえという存在だけでも長老方に突き出せばオクタヴィカ独走の証拠となる」
「その時はこの肉体を捨てて時間稼ぎをするまでです」

ミス・ヨシノはカイの様子をうかがいながら窓にじりじりとにじり寄り、後ろ手で窓を開けた。地上から六十メートル離れた空間の風がミス・ヨシノの髪を乱して部屋に入り込む。

(肉体を捨てる)
「させるものか」

少年がまた一歩踏み出し、ミス・ヨシノもまたじりりと窓の桟に乗りあがる。再びカイの様子をうかがう。
……いや違う。青年の紺色の瞳を捕らえようとして――捕えた。

(肉体を捨てる)(時間稼ぎ)

カイの体は自然に動き、部屋の半ばまで歩み寄ってきた少年の体を押さえこんでいた。

「な」 言葉を途切れさせ、「何をする、このくそがきっ」
(子供に子供呼ばわりはされたくないな)

意識の隅でそんなことを思いながら、カイはわめく少年を地面に抑え込んでいた。普段の彼ならば決してしないような乱暴な行為だ。

「うまくいったみたいですね」

ミス・ヨシノが笑みを浮かべた。そのままひらりと窓の外へ飛び降りる。六十メートル下の地上へ。
少年はその様子をすべて見届けてしまっていた。全力で振り払った右腕を曲げ、手加減して後ろへつきあげる。

「ぐッ……」

カイは少年を放し腹を押さえた。少年はその隙にカイの下から抜け出て、両手を組み合わせてカイのうなじを殴りつけた。
そして窓の方へ走り寄る。下を見下ろして舌打ちしそうな表情をした。

「変な技まで覚えやって」

怒りのあまりか、言葉遣いが悪くなっている。というより、本来のキール少年らしい言葉と云うべきか。怒りの矛先は気絶させた会に向けられる。ごんとやや乱暴にカイの身体を蹴りつける。と、体内でそれを止めようとする意識があった。この姿を認め、驚き安堵した様子の会の表情が脳裏によみがえる。

「……そうだな。おまえを心配していたようだからな」

そのままカイを見下ろしていたが、身をかがめてカイの腕を掴み身体の上に乗せあげた。十歳の少年は苦も無く成人男性を支える。しかし身長の違いはどうしようもなく、カイの足を引きずりながら出ていった。

開け放たれたままの窓から、また、風が入ってきた。

***

「下には死体がなかったな。……いや、駄洒落じゃないからあきれるな。となるとオクタヴィカも筋肉を強化する方法を見つけたということか」

……はきはきした独り言らしきものがカイの耳に届いてきた。目を開けると辺りは真っ暗だった。いや、ほんのりと明るい。
頭を動かし光の方へ眼をやると、携帯用の電灯が青白い光を発していた。その側に座り込んだ子供がこちらに背を向けている。

「あいつは性格悪いわりに頭は働くからな。馬鹿で性格悪かったら救いはないが、可愛げがあるだろうに」

相手の声は聞こえないが、誰かに話しかけているらしい。
ひどい云い様だとぼんやりと思った。背中に当たるのはなんだろう。石のように固いと云うには柔らかく、かといって毛布のように柔らかいと云うには固く、ほんのりと冷たい。手のひらを当てるとぺにゃりという奇妙な感触が伝わってくる。

「ああ、オクタヴィカがカイ・ルーベルクを狙っていたことはたしかだ」

そこではっきりと頭が覚めた。勢いよく身体を起こす。身体が急に動いたカイを痛覚を通して抗議してきた。カイは右手で腹を押さえた。そういえばうなじも痛い。気配を感じたらしい少年がくるっと振り返った。起き上がったカイを見て左手を一回振って四つ足で近寄ってくる。

「おはよう。……これでいいんだな、起きたときの挨拶は」

後半の言葉は呟きのように小さく、カイはあまり聞こえなかったこともあってあまり気にしなかったが、日ごろの習慣からか、思わず挨拶を返していた。

「おはよう。……ここは?」

少年は携帯用の電灯を持ち上げ、カイの方へ近づけた。
カイの周囲が明るくなりあたりの様子が一層調べやすくなる。……が、光の当たらない場所はただ闇が広がっているばかりで何もわからない。地面を見ると、ころころした石が敷かれ、細かい砂がその間を埋めている。

(―――-?)

手に当たる感触は砂や石のものではない。けれどこの砂や石が偽物、もしくは写真とは思えない。いま触れたら石や砂そのままの感触が伝わってくるだろう。そこで気付いた。カイが石や砂を触ろうとしても何かにさえぎられてしまうのだ。カイは顔をあげた。

「ここは”仲立ちの地”。……つまり、川の中だ」
(川の中)
「なぜ、こんなところに入れるんだ……。いや」

カイはそれより訊くべき疑問がたくさんあったことを思い出した。それをひとつにまとめて少年に投げかける。

「君は何者なんです?」

少年は目を細めてカイを見た。しばらく沈黙が続く。

「私の名はアウローラ。十の一族の内のひとつ、”アウローラ”の長だ。そして……」

するりと大人びた少年の声の調子が変わる。声だけではなく、表情も変わる。年相応なものへと。

「……僕の名前はキール・ライスター。十歳」

***

「キール・ライスターくん、……なんですか、本当に」

たぶんそうだろうとは思っていた。世の中に似た人間は三人いると云うが、全人口約五百万人のこの星、しかも全地域をさんざん捜索して回った後にそっくりさんがひょっこり現れるなどあり得ないのだから。ただ調査書とはかなり違う様子などが別人の可能性を考えさせた。だが本人だと云うことが確認出来た今、少しでも早く家族の元に連れて帰るべきだと思う。しかし、いまこの少年はふたつの名前を云っていた。自分の正体を訊かれて。

「僕とアウローラは一緒になったんだよ」

考え込んでしまったカイを見かねてか、キール少年が云った。しかしその言葉はかえってカイを悩ませる。

(少なくとも二重人格ではないようだが)

しばらくの間、ぶつぶつと何か呟いていたキールはひとつ頷くと表情を変えた。
私の名はアウローラと云った時と同じ表情である。

「私が説明しよう」

カイはキールを見直した。大人びた風格が漂う。この時はアウローラ、と呼ぶべきなのだろうか。

「我々はキールと同じような構造をもった生命体ではない。まったく違う、この惑星に昔から繁栄してきた知的生命体なのだ」

コーヒーが立ちあがり、中から透明な液体が現れてきたことを覚えているかとアウローラは最初に訊いてきた。頷くと、それが我々本来の姿だとアウローラは告げた。そうして我々は海洋の中で暮らしてきたのだと。

カイは興味を惹かれ、いろいろと訊ねた。アウローラはまるで忍耐強い教師のように丁寧に教える。アウローラたちは人間側で云うなら遊牧民に似た生活を送っているようだ。十の海流、ひとつひとつにそれぞれ分かれ、海の中を移動しているのだ。その為彼らは自分たちを”十(とお)の一族”ともいう。そしてその中の一族の名前としてアウローラ、オクタヴィカがあるのだと。

その長はそのまま一族の名前を自分の名前とし、それぞれの海流が接する時にお互い交流を深める。また、長老と呼ばれる、ある年月と条件を経て長から変化した存在はあちこちにある”仲立ちの地”に十人まとまって移動しており、いま、”仲立ちの地”のひとつであるこの川には長老たちがいない時期なのだそうだ。川の中、こうして濡れもせず息をしていられるのは彼らの技術によるものなのだそうだ。

「それでキールくんと君が一緒になったとはどういうことなんですか」

カイはひと通りアウローラの興味深い話を聞いた後、もっと身近なところにおける質問をした。アウローラの話は信じるしかないと云うところである。なにしろ信じきれないカイの様子を見て一族の者を呼んだのだ。床の一部が持ち上がるとそのまま透明な液体の塊がしっかりと立っていた。それは人型に姿を変え、手のひらの部分を振ったのだ、まるでばいばいとしているように。

「……不慮の事故だ」

しばらくためらってアウローラはそう云った。そのためらいが気になりカイは問いつめようとしたが、その間を与えずにアウローラは話を続ける。

「とにかく十の一族の長の内の1人が異星人の身体に宿ってしまったのでな、かなりの騒ぎになり長老方の判断を待つことになった」

つまりこのまま隠れておくか、自分たちの存在を明らかにして異星人たる人類と友好を深めるか。しかし長の中には友好を深めることはないと主張する者もいた。

「その者の名前がオクタヴィカだ」

ここからはアウローラの推測でしかない。オクタヴィカ自身はアウローラが肉体を得て数日後別の肉体を無理やり手に入れ、自分の一族の者に同じように肉体を奪わせた。それがこの数ヶ月間に発生した行方不明事件の真相らしい。ただどうしてオクタヴィカが人類の肉体を奪い始めたのかがわからない。

「あいつの主張は人類と友好を深めたくない、というあいつにしては感情に走ったものだったから、長老方に受け入れられることはおそらくないだろうが」

オクタヴィカもそのことが分かっているのかもしれない。だから人々の身体に一族の者を宿らせ……カイにも手を出そうとしたのかもしれない。

「オクタヴィカが次に狙ってきたのがおまえだったのでここに引きずってきたのだ。すまんな」

そう云ってアウローラはあぐらをかいたまま頭を下げた。カイは首を振って、考え込み始めた。ということは、そのオクタヴィカとやらの目的がはっきりするまでここから出られない、ということなのか。オクタヴィカの目的が本当に自分だったら、行方不明事件はルーベルクの次男坊が最後の被害者ということで終わりを告げる……か? そしてその事件現場には――。

「ミス・ヨシノは? 彼女はどうなりました」

アウローラを見ると、アウローラはカイをしみじみと観察するような目つきをした。

(どうかしたのか?)
「覚えていないのか……ふむ、本当に変な技だな」

わからない。
アウローラが説明することには、自分はアウローラを床に押さえつけその隙にミス・ヨシノに宿っている者は窓から飛び降りたらしい。カイはぎくりとした。それなら自分はミス・ヨシノが死ぬ手伝いをしたと云うことになる。しかもミス・ヨシノの意志ではないのに、だ。

「しかしまあ、あの人間が死んだと云うことはないだろう。死体の一部も血糊も見当たらなかったからな」

あっさりとアウローラがカイの自責に想いを蹴飛ばした。カイは思わず不信の目でアウローラを見る。

「私は人間の体をある程度調節できる。たとえば十歳の子供が成人男性を運ぶことが出来るようにするとかな」

ややむっとしたようにアウローラは説明する。それをオクタヴィカたちも使えるということだろう。

(下には死体がなかったな。オクタヴィカも筋肉を強化する方法を思いついたということか)

目覚めて間もなく、聞いた言葉を思い出していた。あれはミス・ヨシノのことだったのだろうといま思った。カイはほっと息をつく。ただの知人でも人が死ぬのは嫌な出来事だからだ。

ぼこっという音がしそうなほど急に床の一部が立ちあった。現れたのは透明な人型。なぜか両手をぶんぶん振ってアウローラに語りかけているようだ。アウローラは思い切り眉を寄せ、口を曲げた。

「ひとつ云い忘れていたな」

カイの方へ顔を向け、

「オクタヴィカはとても親切な性格をしているのだ」

天井が割れた。

***

わずかな水滴と共にひとつの黒い塊がアウローラとカイから、やや離れた位置に降りてきた。
その隙にアウローラは透明な人型に小さく囁きかける。

「制御装置についてろ。私が合図したらすぐに壊せ」
「何を話しているんですか、アウローラ」

黒い塊が立ちあがりながら話しかけてきた。丁寧な口調で、慇懃無礼と表現するのがぴったりの声だ。
カイは携帯用電灯を掲げ、それを照らした。

年の頃は二十歳前後か。混じり毛のない金色の髪と青い瞳の青年である。電灯の青白い光に照らされた顔は美貌と云ってもいいほど整っている。立っていることもあるだろうが、背が高く圧迫感がある。予想通り二回目の被害者ステファン・シュルツだが、写真とは印象が異なる。美貌を鼻にかけた青年といった雰囲気がまるでなく、冷え切った風格のようなものが漂っているのだ。これはキール少年と同じ現象が起きていると見るべきだろう。そう考えるカイに構わず、アウローラは口を開いた。

「おまえが親切だと云っていたのだ。わざわざ自分の目的を話しに来るほどのな」
「用件を果たしに来たとは云ってはもらえないのですか」
「無駄な期待はさせない方がいいだろう」

思い切り友好的でない雰囲気である。カイは2人の会話を黙って聞いていた。自分が口出すこともないだろうと思ったのだ。

そのままえんえんと会話が続くかと思ったが、オクタヴィカがカイとアウローラとちょうど三角形を描くような位置に座り込んだ。

「それでおまえの目的とは何だ。聞いてやろう」

アウローラが大きな態度でオクタヴィカに対応する。オクタヴィカは気にした様子もなく、話し始めた。

「私の最終的な目的はこの星から、地上にはびこっている人間を未来永劫追い出すことです」

オクタヴィカの言葉は、すっぱりとなにかを断ち切るようにそっけなく簡単だった。

「そのために開発の中心的存在である”ルーベルク”の次男坊であるカイ・ルーベルクの肉体を手に入れ、”ルーベルク”の力でこの星から手を引かせようとしたのです」

それはもう実行不可能な計画だとカイは思った。

発見されたばかりの頃、せめて移民がやってくる前なら何とか出来たかもしれないが、この星はすでに人間の住める惑星としてその価値が認められ、現に五百万人が何事もなく暮らしていると父も兄も緻密なデータと共に知っている。たとえ自分がこの惑星から手を引くように云ったとしても、父と兄はそれを受け入れまい。それに自分もそれほどの力があるわけではない。二年後には元の人生を取り戻すとうそぶきつつ、結局は、自分の人生すら兄に左右されている始末なのだから。

「やけに素直だな」

アウローラはあきれたような口調で用心深い表情のまま、同族を見つめた。

「そうですか?」
「気持ち悪いくらいだ」
「これは失礼」

アウローラの言葉に遠慮がないことにカイは気付いた。まるで仲の良い友人同士が悪口の応酬をしているようだ。もしかしたらこの2人は友人なのかもしれない。『親友』といってもよいほどの。

「最近私の一族の海流が変わってきたんです。色々なものが流れ込んでいます。濁ったような液体とか、曲がった金属片とかが」

オクタヴィカの顔は笑みをたたえていたが、その口調は何かを押し殺すようなものだった。

「それらのせいでしょう。一族には身体の調子を崩す者が出てきているのです。どこまで浄化しても良くなりません」

笑みが消えた。

「だから、いなくなって欲しいのですよ」
「嘘つけ」

力強くアウローラは床を叩いた。

「おまえはこの星に我々のものだけでいて欲しいだけだ」

ぽつりと水滴がカイの頭を打った。顔をあげるともう一度顔に落ちてくる。
ぽつ。……ぽとぽと……ぽとぽとぼとぼと……。
同時に床が柔らかくなり、服が湿ってくる。オクタヴィカはカイの腕を掴んでいるアウローラを見た。

「制御装置を壊したのですか。相変わらず乱暴ですね」
「だがおまえほど過激ではないぞ」

空間が大きくうねり、水が空気を押し出した。アウローラに腕を引っ張られながら、水に潜り込む直前、カイはオクタヴィカの声を聞いた。

「君の云う通りですよ、アウローラ」

***

何とかアウローラの力を借りずにカイは川の中を泳ぎきった。岸に手のひらを当ててグイと身体を引き上げる。
ゆったりとしたデザインのスーツは身体に張り付いてしまっていた。

「……なにを落ち込んでいる?」

先に岸に上がったアウローラが何者かに訊ねるように云った。

「どうしたんです?」
「こいつが」 と、自分の胸を指さし、「何やら気にしているようなのでな」
「キールくんが?」

カイは少年を覗き込んだが、アウローラが表に出ている今、キールの表情はうかがうことは出来なかった。カイはアウローラにキール少年を表に出してくれるように頼んだ。現れた少年は、沈んだ表情をしている。カイは構わずに地面に座り込んで話しかけた。

「……ちょっとショックでしたね。異星人ともし逢うことがあったら、きっと友好的な関係が築けると僕はまるで少年のように思い込んでいましたから」

キール少年は驚いたように、カイの横顔を見下ろした。カイは少年を見上げて、微笑んで見せる。

「彼らに気がつかなかったから、というのはただの云い訳ですね。もう起こってしまったから仕方ないと云うのは開き直りですよね。となると壊れてしまったものは、接着剤でつなぎ合わせるしかありません」

この場合に有効な接着剤は、なにで、どこにつけるのかが効果的なのかをカイは考えなければ、と感じた。
惑星開発、という本来の仕事から逸脱した思想であるかもしれない。けれどカイはその必要性を感じたのである。人類と異星人との交友、そんな大きな看板など背負っていない。ただ、先に住んでいた種族への敬意を表すべきだと考えたためだ。

そして、出来る限り、友好な関係を築きたい。その為に必要なことは、これから考えていかねば。

キール少年は頷いて、何かに引かれるように自分の胸を見下ろした。しばらく沈黙して、ぱちぱちと目を瞬かせる。

「どうしました?」
「壊したものを直すと云うのなら、元のもの以上のものを作るつもりでやれって、アウローラが」

キール少年とカイは顔を見合わせた。2人は一瞬の間をおいて、笑いだしていた。

もっといい関係を作るつもりで――。

異星人の長が告げた言葉は、何よりの激励となる言葉だった。

FIN

 

[惑星ホゥリア]
地表面積の八割を海洋が占める開発途上の辺境惑星。
星歴342年アル・ザンク船長の「アルシャーク」によって発見される。
星歴356年地球から約500万人の移民を受け入れる。星歴361年水棲型異星人が発見され、友好が始まる。

 

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