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 秘書どのの妹、つまりこの国の王女さまはなんと、勇者に一目惚れをしたのだという。

 王女さまは、勇者こそ自分が待ち望んでいた運命の相手だと公言し、公務の合間に勇者を追いかけているらしい。勇者一行に加わった女神官に牽制することもあるとか。

 常ならば、王女の行動は、品位を損なうとして、まわりからたしなめられる類の行動だ。けれど、相手が勇者だから、むしろ王女を応援する者は多いのだ、とも聞いている。

 僕はどうなんだって?

 うーん、なんとも思わないなあ。

 まあ、王女さまの発言は、いずれ黒歴史になるんじゃないかって考えはしたけれど、しょせん、他人の恋愛ごとだし興味を持てない。

 そもそも、勇者と王女という組み合わせは、珍しくもない組み合わせだ。

 勇者は魔王を倒し、民衆の支持を得る。国を統治する者からしたら、そのまま放置できない、むしろ自分の陣営へ積極的に取り込みたい存在だろう。

 だから勇者と王子、王女との結婚は、歴史上、多く見られる。世界の脅威を倒すだけではなく、そんな思惑とも付き合わなければならないなんて、勇者とはつくづく大変な職業だ。

 でも旅立ちを「促した」だって?

 ふむ、と僕は腕を組んだ。神殿からの催促があったんだ、旅立ちを「命じ」てもおかしくない場面なのに、促したにとどまった。その理由に、王女さまの恋着があるのなら。

「なんだかなあ。僕はこの国の将来が不安になってきたよ」

 僕は思わず、率直な本音を呟いてしまった。

 不穏な言葉に、秘書どのはますます眉を顰めるかもしれない、たしなめられるかとも考えたんだけど、秘書どのは表情をゆるめ、穏やかな苦笑を浮かべただけだった。

 その表情を見て、僕はちょっと複雑な気持ちになる。

 元王太子である秘書どのが、能力的にも資質的にも、次期国王にふさわしい人物だと、よくわかっている。そんな彼に、こんなところで僕の秘書なんかをさせていてもいいものだろうか、という気持ちになるのだ。

「無駄ですからね、室長」
「うん?」
「わたしはここで、あなたのサポートをすると決めました。わたしを元の地位に戻そうなんて考えは捨ててください。わたしはもう、自分の道を決めているのですから」

 見透かされている。

 穏やかながらも真摯な眼差しを受け止めて、僕はムニッと唇を閉じた。

 何かを言いたいと感じた。でも何度も同じやりとりを繰り返してきた過去が、僕の発言をとどめる。秘書どのの決意を知っている。だから僕は空になったティーカップを示す。

「……お代わりをくれるかな」

 秘書どのはにっこりと麗しい笑顔を浮かべ、嬉しそうに「はい」と応えた。

 似た状況になるたび、毎度思うことを、僕はこの時にも思った。

 物好きな人だよ、本当に。