05
秘書どのの妹、つまりこの国の王女さまはなんと、勇者に一目惚れをしたのだという。
王女さまは、勇者こそ自分が待ち望んでいた運命の相手だと公言し、公務の合間に勇者を追いかけているらしい。勇者一行に加わった女神官に牽制することもあるとか。
常ならば、王女の行動は、品位を損なうとして、まわりからたしなめられる類の行動だ。けれど、相手が勇者だから、むしろ王女を応援する者は多いのだ、とも聞いている。
僕はどうなんだって?
うーん、なんとも思わないなあ。
まあ、王女さまの発言は、いずれ黒歴史になるんじゃないかって考えはしたけれど、しょせん、他人の恋愛ごとだし興味を持てない。
そもそも、勇者と王女という組み合わせは、珍しくもない組み合わせだ。
勇者は魔王を倒し、民衆の支持を得る。国を統治する者からしたら、そのまま放置できない、むしろ自分の陣営へ積極的に取り込みたい存在だろう。
だから勇者と王子、王女との結婚は、歴史上、多く見られる。世界の脅威を倒すだけではなく、そんな思惑とも付き合わなければならないなんて、勇者とはつくづく大変な職業だ。
でも旅立ちを「促した」だって?
ふむ、と僕は腕を組んだ。神殿からの催促があったんだ、旅立ちを「命じ」てもおかしくない場面なのに、促したにとどまった。その理由に、王女さまの恋着があるのなら。
「なんだかなあ。僕はこの国の将来が不安になってきたよ」
僕は思わず、率直な本音を呟いてしまった。
不穏な言葉に、秘書どのはますます眉を顰めるかもしれない、たしなめられるかとも考えたんだけど、秘書どのは表情をゆるめ、穏やかな苦笑を浮かべただけだった。
その表情を見て、僕はちょっと複雑な気持ちになる。
元王太子である秘書どのが、能力的にも資質的にも、次期国王にふさわしい人物だと、よくわかっている。そんな彼に、こんなところで僕の秘書なんかをさせていてもいいものだろうか、という気持ちになるのだ。
「無駄ですからね、室長」
「うん?」
「わたしはここで、あなたのサポートをすると決めました。わたしを元の地位に戻そうなんて考えは捨ててください。わたしはもう、自分の道を決めているのですから」
見透かされている。
穏やかながらも真摯な眼差しを受け止めて、僕はムニッと唇を閉じた。
何かを言いたいと感じた。でも何度も同じやりとりを繰り返してきた過去が、僕の発言をとどめる。秘書どのの決意を知っている。だから僕は空になったティーカップを示す。
「……お代わりをくれるかな」
秘書どのはにっこりと麗しい笑顔を浮かべ、嬉しそうに「はい」と応えた。
似た状況になるたび、毎度思うことを、僕はこの時にも思った。
物好きな人だよ、本当に。