07

 二十年間、冒険者ギルドは、迷宮に多くの冒険者たちを投入してきた。

 古代文明の痕跡が多く残っているから、と思われているが、宝箱同様、秘められた別の理由がある。その理由に絡む存在が、いま、目の前で僕の説明を聞いているドラゴンだ。

 そもそも、迷宮にまつわる疑問を提示した冒険者は、なぜ急に追求を始めたのか。

 それは、迷宮の仕組みをある程度、知っていたからに他ならない。人的資源を持つ組織が迷宮探索を開始する流れを作るために、当時の冒険者ギルドや国王を焚き付けたのだ。

 ではなぜ冒険者は立ち入りを禁じられていた迷宮の仕組みを知っていたのか。それは、迷宮の管理者たる、このドラゴンに接触されたからだ。

 あるじたる古代人に委ねられるまま、長年、彼女は迷宮を守り、管理してきた。ところが思いがけない事態が発生した。被造物であるドラゴンにも寿命が存在したのである。

 己の死期を悟った彼女は、迷宮の管理を人の手に戻したいと考えた。だが長く独りであり続けたドラゴンの身では、管理を委ねてもいいと思える人間に心当たりがなかった。ないのならば、作ればいい。そう考えたから、ドラゴンは冒険者に接触したのだ。

 そうしていま、ドラゴンは、あるじに管理を委ねられた宝、古代の叡智が眠るこの迷宮を任せられる人材を求めて、冒険者を鍛え続けている。冒険者ギルドも、ドラゴンの願いに理解を示したから協力している。多くの有能な人材を、迷宮探索へと誘導している。

 それが、この迷宮探索システムに秘められた真実だ。

 ーーーーまあ、僕に言わせれば、ドラゴンに鍛えられたからといって、脳筋に、古代の叡智が眠る迷宮の管理を委ねられたら困るなあ、という気持ちにさせられる真実でもあるんだけど、他者の結論に口を挟む趣味はないから、大人しく口をつぐんでいる。

 ともあれ、勇者が二十五層を攻略し終えた事実を伝え、このままでは僕達の解析が終わっている三十層に到達するだろう予測も伝えた。だからまだ解析が終わっていない三十一層の封印を解いてくれ、と訴えたところ、ドラゴンは悩ましげにため息をついた。

『人間たちがわらわに近づいてくれていて、とても嬉しい。だが、危ないのではないか』

 とっさに息を止めて、こぼれそうになったため息をとどめた僕を、誰か褒めてほしい。

 まったく、このドラゴンときたら。

 自分の役目を受け継ぐ存在を求めて、人を鍛えているくせに、妙なところで優しいのだ。女性という性別も関係しているのかもしれない。冒険者たちに危険な魔物をぶつけながら、冒険者たちが傷つくことを嫌がる。出来れば死なないように、とも願っている。

 矛盾している。だが、だからこそ、僕はこのドラゴンが好きなのだ。

 込み上げる微笑ましさが促すまま、僕はからかうような調子で、彼女に話しかけた。

「だったら、いますぐ迷宮の管理を誰かに委ねますか? それこそ、勇者にでも」

 冷然とした声が、すぐに返ってきた。

『ならぬ。たかが二十五層を攻略した程度の存在に、この迷宮の管理は委ねられぬ』

 キッパリと言い切って、ドラゴンは肩を落とした。

『すまぬ。わらわは矛盾しておるな。おぬしらに傷ついてほしくもない。だが、管理を委ねられる人材が、どうしても欲しいのだ』
「わかってますよ。だから僕達も奮闘するんです。あなたが、心置きなくすべてを委ねられる人と出会えるよう、僕達だって願っていますからね」

 僕の言葉を受けて、ドラゴンはしばらく沈黙した。

 ぶらぶらと尻尾が左右に揺れている。犬だったら喜んでいる時に尾を振るけれど、まさかドラゴンも同じなんだろうか。とりあえず、この場所が広い空間でよかった。尻尾の近くではなく、顔の近くに居てよかった。うっかり当たったら致命傷を負う。間違いなく。

 ああ、もう! と感きわまったように、ドラゴンが叫んだ。

『我が君がわらわを不死の存在にしてくれたのならよかったのに。そうしたらわらわはずっと管理者でいられたし、おぬしらに負担を背負わせずともよかったのに』

 僕は思わず笑った。なんともかわいらしい嘆きだと感じたんだ。

「そうしたら、僕達は出会えないままでしたね。僕はいやですよ、せっかくの得難い友人と出会えないなんて。あなたもそうなんじゃありませんか」

 揺らしていた尻尾をぴたりと止め、ドラゴンは再び半目になった。

『おぬしはなあ。そういうところがなあ』
「なんですか?」

 首を傾げると、ドラゴンは僕から視線を逸らした。のそのそと体を丸める。急に休む態勢になったドラゴンに驚いていると、そっけない響きの声が聞こえた。

『封印は解いておこう。さっさと解析するがよい』
「ありがとうございます。解析が終わったら、報告に参りますね」

 僕が頭を下げれば、ふわりとドラゴンの力が僕をおおった。迷宮の、最下層にあるドラゴンの住処から、元いた場所に送り出そうとする力だ。

 温かな力が僕を取り巻く。普段経験しない、なんとも言い難い感触に、思わず瞳を閉じたとき、『あの男はさぞかし苦労しているのだろうな』という言葉が聞こえた。

 あの男。だれのことを言っているのだろう?