08

 僕を取り巻いていた力が、完全に消えた。

 目を開ければ、そこは職場の仮眠室だ。唐突に僕が出現しても問題ない場所にドラゴンは送ってくれたのだ。事実、いま、この場所に僕以外の人間はいない。思わずホッと息をついたとき、トントントン、と扉を叩く音がした。あれ、と違和感を覚える。

 さっそく動いて扉を開ければ、部下の一人が立っていた。ホッとしたように笑う。

「よかったですぅ。もう、お目覚めだったんですねぇ」

 のんびりとした口調でそう言った彼女は、視線だけでそっと職場の一角を示した。

 もう、起きていたんですね。僕がドラゴンに会いに行っていると知ってるはずの、部下が告げたその言葉にピンときた。厄介ごとが起きたんだ。

 だから僕は部下に示された場所を見た。接客用のソファを置いている一角を見て、うわあ、と思わずそう言いそうになる。

 秘書どのが、勇者と向かい合っていたんだ。

「どういう状況?」

 思わず訊ねれば、部下は困ったように、頬に手を当てる。

「それがぁ、勇者さまが室長を訪ねてこられましてぇ。いま、仮眠中だとお伝えしたんですけれどぉ、お目覚めになるまで待つとおっしゃってぇ」

 それで納得した。だから秘書どのが相手をしていたわけか。

 職場にいる他のみんなはいつも通りに仕事をしているけれど、おそらく居心地の悪さを感じていたに違いない。秘書どのは勇者を嫌っている。それはこの<宝箱管理室>では周知の事実だからだ。僕は詳細を教えてくれた部下に礼を言った。そして秘書どの達に近づいていくにつれて、ぴんと張り詰めた空気を感じとるようになる。

 秘書どのは勇者を嫌っているけれど、勇者も秘書どのを苦手にしてるんだよなあ。

 なのになんで居座ってるのかな、と考えていると、秘書どのが僕に気づいた。

 それまでだってにこやかな微笑みを浮かべていたけれど、苦笑にも見える微笑に笑みの種類を変えて、そっと立ち上がる。勇者も僕に気づいた。パッと表情を輝かせる。僕は仕事用の笑顔を浮かべて、秘書どのが譲ってくれた場所に座る。

「申し訳ありません。ずいぶんお待たせしたようですね」

 ソファテーブルには、ティーカップが置かれている。秘書どのと勇者、どちらの紅茶も減っていない。それだけ緊迫した状況だったのかと考えてしまう。勇者と視線を合わせると、彼は申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

「いえ、室長を待つと言い出したのはこちらですから。お疲れのところ、すみません」
「大丈夫ですよ。お気遣いいただいたおかげで、ゆっくり休めました」

 真実はまったく休めていないんだけどさ、ドラゴンと会っていた事実を明かすわけにはいかないから、僕はペロリと嘘をつく。勇者は僕を見た。ちょっと不思議そうだ。

「戦闘訓練でもなさったんですか? その、いつもとはちょっと違いますよね」

 しまった。そうだった。

 ドラゴンに会いに行った僕は、いつものようにドラゴンとの戦闘を終えたあとなんだ。

 ちょっとばかり服が乱れていたのかもしれない。部下はなにも言わなかったから、お客さまにあっても問題はない格好だと考えて、再確認をしなかったのは僕の落ち度だ。

 でも心の中の狼狽を表に出さないよう、気をつけながら「ええ」と僕はゆったりと微笑んだ。ここであわてて自分の服装を見直せば、勇者に不審感をもたれる。

 にしても、勇者ってなかなかめざといんだなあ。意外だ。

「たまには体を動かさないと、鈍ってしまいますからね。訓練をつけてもらいました」
「そうなんですか。おつかれさまです」

 そう言って労ってくれた勇者は、相変わらず、きらきらしい。

 金髪碧眼の、貴族と言っても通じる容姿だ。勇者と見出されるまで、彼が一村人だったなんて、誰が信じるだろう。王女さまが一目惚れしたのも無理はない。