よくみがき込まれた大きなガラス窓から、朝日が気持ちよく差し込んでくる。
どんな夜でも必ず明けるのだ。あたりまえの現実をいまさらながらに確認できて、わたしはほっと息をついた。とんでもない夜だった。でもあたりまえの日常に、朝に戻ってくることができて、わたしはこの上なくほっと安堵していたのだ。
ところが、この場にいたオリヴァーはちがったらしい。
きらめく朝日に負けないくらい、きらきらしい美貌の青年は、にっこりと微笑んだ。
その微笑みを見た瞬間、わたしの心臓はひゅんっと縮まった。
笑顔なのに、まったくそう見えないこの表情は、どう表現したらいいのだろう。
「五年だ」
涼やかな声で、穏やかさを保ったまま、オリヴァーは言う。
「五年前、家族を失って天涯孤独になったきみから、このレストランを購入して。僕はそれだけの時間を無為に過ごしてきたんだ」
静かに語りながら、オリヴァーはじり、と、わたしに近づく。
変わらず浮かんでいるオリヴァーの笑顔に、声の調子に、迫力に、わたしはじり、と後ずさる。
「本来ならば、この状況であっても、僕はこのレストランを開業していただろう。苦しい状況にあったとしても、かの天才料理人、エマ・ウィルソンが経営していたこのレストランを引き続き、盛り立てていただろう。僕にはそれだけの才がある。どんな苦境にあっても、挫けるつもりもない。それだけの意地もある。けれど、僕はこの五年を無為に過ごしてしまった」
トン、と、軽く、オリヴァーはカウンターに手を置いた。
五年近く営業されてなかったにもかかわらず、埃も落ちていない、ピカピカにみがき込まれた飴色のカウンターは、それだけ大切に維持されていたのだと物語っている。
彼自身が評した、無為な五年。その間ずっと、オリヴァーはこのレストランを守っていた。
うっすら気づいていた事実を改めて目の当たりにしたわたしは、波乱に満ちた夜を無事にやり過ごした興奮をスッと冷ましてしまった。わたしはとんでもない現象をたった一晩、経験しただけだ。でもオリヴァーにとっては五年も続いた現象だったのだ。
「この無為に過ごしてしまった五年、きみはどうやって償ってくれるというんだい?」
そう言って笑みを消してしまったオリヴァーの真摯な表情は、わたしの心をえぐった。
でもだからと言ってオリヴァーの要望を叶えるなんて、わたしには無理だ。祖母の遺したレストランを、祖母の名声を継ぐなんてできない。わたしは祖母と違って平凡な料理人だもの。
「わ、わたしが、」
わたしを見つけてくるサファイアブルーの瞳から逃れるように目をぎゅっと瞑って続けた。
「このレストランを正す方法を探します。ーーーー夜になれば異世界に転移する、そんなふざけた現象が二度と起こらなくて済むように!」
だからそれ以上、わたしに求めないで欲しい。そう願いながら、心の中で五年前に亡くなった祖母に語りかける。
(おばあちゃん)
いつも穏やかに笑い、コンソメのいい匂いを漂わせていた祖母を思い出す。
(なにを考えて、こんなレストランを?)
イギリスにて知る人ぞ知る天才料理人だった、エマ・ウィルソン。憧れでもあった祖母に対して、わたしははじめて深刻な疑問を抱いたのだった。