宝箱集配人は忙しい。

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     駆けつけてきた自警団に、事情を話して襲撃者たちを引き渡した。

     その時の自警団たちの様子から察するに、襲撃者たちにはどうやら余罪があるらしい。しっかり追求しておきますから! という言葉を信じて、僕たちはその場を去った。

     しばらく無言のまま、僕たちは歩き続ける。

     やがて大きな通りに出たところで、僕は貴公子の名前を呼んだ。なにやら考え事をしていた様子の貴公子は、ようやく我に返ったようだった。いま、いる場所がどこなのか、ようやく気づいたそぶりを見せ、苦笑を浮かべた。

    「もう着いたのか」

     僕はいささか、わざとらしくため息をついた。

    「危なっかしい人ですね。あんな目に遭ったばかりなのに考えごとですか」

     もちろん本気の揶揄じゃない。この男ならばどんなトラブルと遭遇しても、どうにか退けるだろうという信頼は出来ている。

     ただ、不思議に思ったのだ。トラブルを撃退し終えて、あとは自宅、もしくは滞在している宿屋に戻って休めばいい段階なのに、何を考え込んでいるのだろうか、と。

     僕の言葉に、貴公子は笑い、ちょっと、迷った様子を見せた。

     あからさまに何かを言い淀んでいる様子だから、首を傾げた僕は貴公子を促した。

    「……ここでそなたと別れていいものか、わからなくてな」
    「はい?」

     何を言い出したんだか。聞き返した僕に、貴公子は困ったような眼差しを向ける。

    「そなたは気づいてなかったようだが、そなたにも、追跡者はいたのだぞ?」
    「はい?」

     同じ言葉を繰り返してしまった。

     僕に、追跡者? 心当たりがない。

     困惑している僕に、貴公子は詳しく教えてくれた。いまは気配を感じないらしいが、そもそも通りで僕を見かけたときから、僕の様子をうかがう存在がいたのだという。

     僕はむうと唇を曲げた。

    「ちなみにいまは、いないんですね?」
    「酒場に出たときにはすでに感じなかった。代わりに、自警団に引き渡した彼らの気配を感じたわけだ。追跡を交代したのか、とも考えたのだが、力量に差がありすぎるし、そもそも彼らの目的はわたしだったから目的が違う。そなたの追跡者は、そなたがわたしと合流したところを見て退散したのだろう」
    「だから、僕を一人にしていいものかどうか、悩んだんですね?」
    「うむ」

     あっさりうなずかれて、僕は息を吐いた。ぐりぐりとこめかみを抑えながら、考えた。

     結論、問題はないな。

     僕に気配を悟らせなかったという点に、確かな脅威を覚えた。

     でも相手の思惑がわからない。職場から酒場に向かう僕を追いかけながら、貴公子と合流した途端、追跡を取りやめた理由はなんだ。考えたけれど、僕には思いつかなかった。

     ただ、いずれにしてもいま、気配を感じないのなら、問題はないと思える。

     自宅で待ち構えている可能性もあるけれど、それならそもそも追跡する理由がない。だから僕は、こめかみから指を外して貴公子を見た。に、と笑う。

    「大丈夫ですよ。お分かりでしょう?」

     僕がこの短い時間に考えたことを、貴公子も考えたに違いない。問題ないと結論づけたはずだ。それでも他人事だから、心配は尽きなくて、懸念を口にしてくれたのだ。

     その判断に感謝する。

     あとは僕の問題だ。災難という形で我が身に降り掛かってきたら、全力で抗おう。その心構えくらいは、常に持っている。これでも冒険者ギルドの中間管理職なのだから。

     その気持ちが伝わったのか、貴公子もかすかに笑った。

    「また、飲みに行こう」
    「ええ、必ず」

     そう言って僕たちは別れた。

     僕は追跡されていた事実を意識しながら、いつも通りに帰宅して、何事もなく寝た。

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