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どちらかといえば、僕は過集中するタイプだ。
特に興味が強い分野に携わると、時間を忘れるほど没頭する人間だから、この職務についてから、意識して集中しないようにしている。だからこのときも、集中しすぎないように、全体を眺めながら行動していた。結果、みんなの疲労が溜まったタイミングも把握できたから、そろそろ退却しようと考えたときだ。
開けた場所に出た。するとたちまち、僕の感覚は警戒を訴えた。
「みんな、構えて」
わざわざ僕が言うまでもなく、皆、武器を構えていた。
そうして身構えていたところ、目の前の空間から押し寄せる圧が高まる。召喚か。これまでとはレベルの違うホーントがやってこようとしていると理解できた。解析を続けてきた、以前の経験から判断するに、だいたい一階層につき、三体はボス的存在がいるものなのだ。どうやら僕たちは、そのうちの一体、はじめの一体に遭遇してしまったようだ。
まずったな、正直に思った。装備はギリギリ、退却を考えた矢先にこれだ。
どうにもならなくなったら、脱出の術式を使う手もある。もっともこの術式は再使用できるようになるまで、三日という時間を必要とするから出来れば使わずに済ませたい。
ーーーーほう。そなたらがあるじどのの言う解析班か。
唐突に、その声は響いた。息を呑む。ドラゴンと同じように念話を用いる存在が訪れようとしているのだと理解できた。でもそんな魔物、これまでには存在していない。
ーーーー冒険者たちの攻略に先んじて、このーーーーの解析を行う者。試練を与える必要はないとあるじどのに言われておるが、例外は作るべきではない。
途中、聞き取れない単語は、この迷宮の本来の名称を示していたのだろう。この存在がいう「あるじどの」とはおそらくドラゴンのこと。魔物たちはドラゴンが生み出し派遣している存在だけど、そのドラゴンと魔物たちの間に交流があるとは思いもしなかった。
ーーーーゆえに、我こそがそなたらの力量を見極めよう。このレヴァナントが!
そう言ってあらわれた魔物は、しっかりとした実体をまとった魔物だった。パリッとしたクラシカルな服装に身を包んだ、典雅な印象を与える人型の魔物ーーレヴァナント。
これまで遭遇したことのない魔物だ。手探り状態で戦闘していくしかない。繰り返し思う。まずったな。装備はギリギリ。疲労度もそこそこ高い状態だ。
ただ、ホーントではない事実が、わずかな光明を与えてくれる。
秘書どのが武器を持ち変える。部下たちもならった。
僕はダメージ遮断の術式を使った。念入りに、皆にかける。通常ならばそのまま攻撃を仕掛けるところだけど、初めて戦うタイプの魔物だ。慎重に、回復に集中すべきか。そう考えたとき、レヴァナントが「かぁああっ」と叫んだ。押し寄せる波動に遮断の術式が弾ける。それだけの威力を持った攻撃に、僕はあわてて次の術式を使おうとした。
ーーーー小賢しい!
ところがレヴァナントはそう叫んで、僕に向かって手を振った。圧縮された空気の塊が、そのまま僕に襲いかかる。ちょうど遮断の術式が途切れたタイミングだったから、僕はあっさりと吹き飛ばされてしまった。部屋の壁に叩きつけられ、ぐうっと息が詰まる。
「室長!」
僕を呼ぶ声が聞こえた。叩きつけられた衝撃に、全身が悲鳴をあげる。でも右腕を動かすことはできた。顔を顰めながら片目を閉じて、僕はレヴァナントを指差した。
「攻撃は最大の防御、だよ」
僕は大丈夫だから、攻撃を仕掛けろ。つまりそう言ったところで、戦闘は始まった。