宝箱集配人は忙しい。

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    「室長」

     秘書どのの呼びかけを受けて、僕はパチリと目を開けた。

     いつの間にか、僕は眠っていたらしい。そんなに長い時間ではないと思ったんだけど、窓の外はすっかり暗闇に沈んでいた。身体をおおっていた術式は消えている。

     おそるおそる身体を動かせば、身体中に響いていた痛みはない。起きあがろうとすると、秘書どのがあわてたように僕を支えてくれた。「大丈夫」と短く応じる。

     ぐ、ぱ、と手のひらを動かせば、完全にいつも通りだと感じる。

     に、っと秘書どのに笑いかければ、ようやく安心したように口端をゆるめた。

    「問題なさそうですね。ただ、二日間は通常業務に集中してください」
    「まあ、当初の予定通りにはね。でも不安はあるかな」

     そう言いながらベッドから降り、椅子に腰掛けている秘書どのを見下ろす。「不安?」と訝しそうな秘書どのに、「そう、不安」と繰り返してちょいちょいと外を示した。

    「元通り、身体を動かせるか確認したいから、付き合ってよ」

     打ち合いをしようとしようと誘えば、秘書どのはようやく笑って、立ち上がった。

    「いいですよ。行きましょう」

     僕を見下ろしながら秘書どのが言う。

     そうして僕たちは常駐医に挨拶をして、医務室を出た。そのまま練武場に向かう。現在の時刻は、終業時間を過ぎたあたり。だから空腹を自覚したけれど、その前にいつも通りに動けるか、確認しておかないとね。

     到着した練武場には、もう、誰もいなかった。明かりを灯して、壁にかけてある武器を取り上げる。練習用の武器は、少々軽すぎるけれど、まあ、しかたがない。

    「室長と打ち合わせるのはひさしぶりですね」
    「そうだね。前回は、いつだったかな?」
    「二十五層を解析する前ですから、一年以上前ですよ」
    「よく覚えてるなあ」
    「当然です」

     僕たちはそんな会話を繰り広げながら練武場の中央で向かい合った。互いに礼をして、武器を構える。そうして一呼吸を置いて、戦闘を始めた。

     先に打ちかかったのは僕だ。いつも通りに動けるかどうか、確認したい気持ちが強かった。カンッ、と鋭い音が響いて、秘書どのが僕の武器を受け止める。僕の武器をスルリとすべらせて、秘書どのが僕の胴を狙って武器を振るう。カンッ。今度は僕が防いだ。

     ああ、楽しいな。

     僕たちにとって戦闘は業務だ。楽しみを見出すものじゃない。でもやっぱり、身体を動かして己の力量を確認する行為は、楽しいと感じる。秘書どのもそうなんだろう。いつもの端然とした表情が、わずかに微笑みを浮かべた表情になっている。

     どのくらい打ち合ったのか。強く突き放し合ったタイミングで、僕たちは見つめ合った。どちらからともなく、武器をおろす。は、は、と、息を吐き出した。

     勝負はついてない。まあ、目的は僕の動きを確認することだからね。

     呼吸がおさまったところで、僕が付き合ってくれた礼を言おうとしたタイミングだ。グーッと腹の音が高らかに響いた。僕の腹だ。キョトンとした表情を浮かべた秘書どのが、くっと笑い始める。お腹をさすりながら、僕は少々気まずい気持ちになった。

    「失礼しました。どこかに食べに行きますか」

     そう言った秘書どのは、温かく笑っていた。

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