宝箱集配人は忙しい。

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     ところで秘書どのは元王太子なのである。王族なのだ。

     だから市井には詳しくないだろうと考えていた。なので、いつもの酒場に行こうかなあと僕は考えたんだけど、秘書どのがぜひにと言って自分のなじみに連れて行ってくれた。

     ちょっとした、隠れ家風レストランって感じの店だった。

     席と席には充分な間隔があり、大声で騒ぐ人はいない。でも高級すぎる雰囲気があるわけではないから、肩肘を張る必要もない。なかなか雰囲気のいいレストランだった。

    「むかし、王宮の料理人だった人間が開いたレストランなんです」

     秘書どのの短い説明を聞いて、僕は「へえ」と考えた。

     なんというか、意外だ。王宮の料理人だったほどの人がレストランを開いていることもさることながら、秘書どのがそれを把握しているところも。

     メニューを開いてみたところ、なかなか心惹かれる料理名が並んでいる。車海老のサラダや牡蠣のカクテル、栗のベーコン巻きに雷鳥のローストなど。

     朝は控えめ、昼は迷宮で簡素に、という食事だったから、しっかり空腹だ。そんな僕にはどれもこれも美味しそうに感じられるから困った。いっそメニューの上から下までという形で注文してやろうかなあと考えたところで、秘書どのが話しかけてきた。僕は息を吐いて、メニューを閉じる。

    「決まらないや。どれもこれも美味しそうに思える」
    「でしたらわたしが注文しても?」
    「任せるよ」

     苦笑した秘書どのは近寄ってきた給仕に、サラサラっと注文した。どれもこれも僕が食べたいと感じたメニューで、僕はさすがだなあ、と考えた。

     秘書どのと食事を共にする機会はそう多くないんだけど、しっかり好みを把握されている。白ワインを注文してくれたところも完璧だ。そう考えてると、秘書どのがコトンとテーブルに遮音の道具を置いた。

     僕たちの会話をまわりに聞こえないように働きかける術式が組み込まれている道具だ。うーんさすがは王族、と考えたところで、ためらいがちに秘書どのは言う。

    「不要かとも考えたのですが、念のため使わせていただきました」
    「うん。ありがとう、おかげさまで気が楽になったよ」

     もちろん遮音の道具は万能じゃない。だからこの場で本当の機密事項を話すつもりはないけれど、僕と秘書どのという組み合わせなのだ。どうしても<宝箱管理室>の話題が出てしまう可能性を考えたら、遮音の道具はあったほうがいい。

     先に届いた白ワインで乾杯をして、まずは牡蠣料理を食べる。

     ゆでた牡蠣とマッシュルームを交互に串にさし、レモン果汁で味付ける。溶かしバターにさっと浸してパン粉をまぶしたあと、グリルで軽く焼いたものだ。子供時代の僕は牡蠣の風味を苦手に捉えていたんだけど、大人になって食べられるようになった。食べられるようになってよかった、と感じる。そのくらい、牡蠣は美味しい。白ワインとも合う。

    「牡蠣を食べると、秋になったんだと感じますね」
    「うん。我が国では秋と冬しか牡蠣を食べられないからなあ」
    「シーズン中に食べられるんです。よしとしましょう」

     白ワインはキリッと辛口で、よく冷えていた。いつもの酒場だったらこの牡蠣料理には麦酒を組み合わせていただろう。でも白ワインだって悪くない。普段食べない組み合わせに、うまうまと喜んでいると、秘書どのがためらいがちに言った。

    「負傷されたばかりなのだから、酒類は避けるべきかと考えたのですが」
    「そんな配慮をされたら、僕は泣くよ? 今日は頑張ってきたんだし、この一杯は見逃して。代わりにあとは我慢する」

     打撲や捻挫などの怪我をしたときにお酒を飲むと、血液循環がよくなってしまうことによって出血が促進される。結果、痛みが増えて回復を阻害する原因となるとされている。

     だけど、僕の場合、治癒の術式がかなり効いている。痛みもないし、元通りに動けることは証明済だ。

     そもそも秘書どのは僕を気遣って、かなりアルコール度数の低い白ワインを注文してくれているのだ。影響はさほどでもない、と考えた。

     もちろん良識のある人間はこういう状況でも飲まないのだろうけれど、それは飲兵衛の僕にはできない判断だ。

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