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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

資格が職探しに役立ちますか? (8)

 あわただしく馬を降りて、キーラは探索隊が示す場所に向かう。
 アレクセイもセルゲイも、とうに先に行ってしまっている。薄情者、とぼやきたい気分だ。馬に不慣れなレィディにもう少し気を遣ってくれてもいいんじゃないの。
 とはいえ、状況は理解できているから、文句を口に出して云うことはない。馬は探索隊のひとりに預けて、走り出す。向かう先は、アルブスのはずれにある小屋だ。

 ――――戻ってきた探索隊が告げたのは、魔道士が死体で発見された、という事態だ。

 発見したのはアルブスの住民だ。物置になっている小屋を訪れた際、床に倒れている魔道士を発見した、という次第である。どうやら魔道士は無断で小屋に入り込んだらしく、住民の誰もが魔道士を知らなかった。困惑しているところに、探索隊が到着したらしい。

 現時点でわかっていることは、たったひとつ。

 それは魔道士が単独行動をしていたわけではなくて、何者かと共に行動していたと云うことだ。もっと思考を進めて、キーラは苦味を覚える。そんな魔道士が死体で発見されたと云うことは、仲間によって口を封じられたと云うことではないか。すなわち、キーラがかけた追跡魔道が、そのような事態を招いたのではないか。まだ確信はないのに、疑惑はむくむくとふくらむ。いやな気分だ、とても。

 開けっ放しになっている扉から、小屋の中を覗き込む。
 セルゲイが屈みこみ、床に倒れた人間を調べている。アレクセイは立ち、顎に指をあてて考え込んでいる。他の人間は、小屋を探索しているところだ。遺留品を探しているのだろうが、いまのところ見つからないようだ。邪魔しないよう、扉近くから問いかける。

「なにか、わかった?」

 アレクセイは考え込んだままだったが、ふっとセルゲイが顔をあげる。キーラを認めて眉をひそめた。身構える隙もなくこちらに歩み寄り、肩を掴んでくるりとキーラを方向転換させる。背中を押されながら、キーラはセルゲイを見上げた。なにがなんだか、さっぱりわからない。

「ちょっと。なに?」

 セルゲイはじろりとキーラを見下ろした。

「女性が見るものじゃない。外に出ていろ」
「は?」

 思いがけない言葉に、顔をあげていた。セルゲイの精悍な顔が、苦味を湛えている。
 まじまじと見つめて、ようやく彼の言葉を理解できた。つまり、気遣われているのだ。
 心の底からキーラは困惑した。どういう反応を示すべきなんだろう。ありがとうと云うべきか、莫迦にしないでと怒るべきか。迷っているうちに、アレクセイまでも近づいてきた。ただしキーラを遠ざけるためではない。

「セルゲイ、待て。キーラにご協力いただこう」

 するとセルゲイはたちまち顔をしかめた。護衛の反応にかまわず、アレクセイはキーラに向き直る。引き締まった表情をしており、キーラも気分を引き締めた。

「あなたにお願いがあります」

 何についてのお願いなのか、云われる前からわかっていた。

「遺体の検分ね?」

 いやだ、断る。逃げ回っていたこれまでを思い出せば、今回もそう云うべき場面だろう。
 だがいまのキーラにはそれは云えなかった。キーラはアレクセイの仲間ではない。だから魔道士の死の原因を探る義務はない。けれど敵の魔道士に追跡魔道をかけた、その結果はちゃんと受け止めておきたいのだ。

 このまま、自分の日常に戻るために。

 アレクセイがうなずき、セルゲイがちらりと視線を飛ばしてくる。おかしなものだ、と、キーラは唇をゆるめそうになる。アレクセイは普段からあんなに自分を気遣っているのに、セルゲイは普段からあんなに自分を邪険にしているのに。まるで逆になったような、対照的な反応がなんだか楽しい。

「視るわ」

 ありがとうございます、と、アレクセイが身を引く。その前を通って、魔道士の死体近くで屈みこむ。軽く瞑目して、遺体に触れた。かすかな足音がして、セルゲイが傍に立つ。

「身体に斬り傷はなく、まわりに毒物はない。だが口から血を吐いて、絶命している」
「内部に死因はあるということね」

 恐怖にゆがんだ死に顔をできるだけ見ないようにしながら、キーラはとんとん、と指で死体の各所に触れていく。指先から探る力を放出して、魔力の残滓を探す。より感覚を研ぎ澄ますために、再びまぶたを閉じた。静まり返った人間の身体に、かすかな揺らぎがある。今なお残る、魔道の滓だ。もっともわかりやすい残滓がある場所に指先を移動させて、ぱちりと目を開けた。魔道士の心臓付近だ。魔力は手から血管をたどり、心臓にたどり着いたようだ。どういう意味だろうと考えながら、魔道士の左指を観察する。
 するとくっきり、指輪の跡が残っていた。
 跡が残っているのに、指輪はない。魔道士が倒れている床の部分にも腕輪の残骸はない。あるいは持ち去られたのか。頭の中にある知識を検索する。該当する知識が見つかった。

「わかりましたか」

 頃合を見計らって、アレクセイが声をかけてくる。死体の傍に屈みこんだまま、あいまいな表情を浮かべて、キーラは顔をあげた。

「自信はないんだけど」
「かまいません。どうぞ」
「魔力から作り出された指輪に、心臓を食い荒らされたんじゃないかな、と思う」

 主従はそろって眉を寄せた。そういう魔道があったの、と言葉をはさんで。

「はるか昔の、統一帝国時代にね、仲間の裏切りを防ぐ指輪、というものがあったの。魔力で作った装飾具に、あるキーワードを設定する。それを唱えたら、装飾具は変化し、対象の身体に潜り込んで心臓を破壊する、という仕組みだったと思う」
「なるほど。では相手は、統一帝国時代の技術にくわしいということですね」

 魔道士の死体を見下ろし、アレクセイは呟いた。キーラはまぶたを伏せる。明らかになった事実は、単純に心に重い。小さく長く、息を吐き出して、立ち上がる。そのまま扉に向かって歩き出しながら、云った。

「あいにく、それ以外はわからない。外にいるから、終わったら声をかけて」

 そのまま外に出るキーラを留める者はいない。扉を閉めて空を見上げる。白い月がぽかりと浮かんでいた。

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